「大回り乗車」という旅をご存知だろうか。JRの大都市近郊区間特例制度を利用すれば、隣の駅まで130円の切符を買って700km以上の鉄道の旅を楽しめる。まるでパズルゲームのような鉄道旅行だ。今回は3月14日にエリアが拡大される「東京近郊区間」と、その特例を使った「大回り乗車」について紹介する。

「東京近郊区間拡大」ってどういうこと?

東日本旅客鉄道(JR東日本)は3月14日から、新たに14線区115駅でSuicaに対応する。これに合わせて「東京近郊区間」を拡大するという。東京近郊区間を拡大なんて言われてもピンと来ないかもしれないけれど、関東でJRを利用する人はのほとんどは、気付かぬうちに東京近郊区間の恩恵を受けている。

東京近郊区間とは、JRグループが「大都市近郊区間において認めている運賃特例制度」の東京地域版だ。本来、乗車券は目的地までの最適な経路で発行し、切符に書かれた経路以外は利用できない。しかし、大都市近郊区間は路線が複雑なため、切符を買うときに経由駅を指定すると手間がかかる。また、乗客の気が変わって、実際は別のルートを利用した場合は清算が煩雑になる。したがって「発駅と着駅が同じ大都市近郊区間内にある場合、実際の乗車経路とは関係なく、もっとも安い経路で運賃を計算してもいいよ」という特例が作られた。

大都市近郊区間は東京近郊区間のほかに、大阪近郊区間、新潟近郊区間、福岡近郊区間のエリアが定められている。東京近郊区間と呼ばれるエリアは下の図の通り。黒い太線で描かれた路線が3月13日までの東京近郊区間である。そして、赤い太線で描かれた路線が3月14日から拡大される区間だ。

東京近郊区間の路線図。赤い区間が拡大される。新幹線は対象外

例えば、川崎から新宿に行く場合を考えてみよう。最短は川崎から東海道線で品川駅に出て、山手線に乗り換えて新宿に至る経路だ。他に、東海道線で東京駅に行き、そこから中央線快速電車に乗るというルートもある。遠回りになるけれど、時間は数分しか違わないし、なによりも東京駅始発の中央線快速に確実に座れる。さらにもうひとつ、逆方向にひと駅行って、横浜から湘南新宿ラインで新宿に向かう方法もある。品川経由より10分ほど遅くなるけれど、新宿駅南口のデパートに行くなら、湘南新宿ラインのほうがホームが近くて便利だ。もっと大回りをして、南武線で立川に向かってもいい。これらのルートのどれを選択しても、運賃は最も安い品川経由で計算される。

どのルートを利用しても良い。運賃は最短距離の品川経由になる

いつも東京近郊区間を利用している人は、「そんなの当たり前だよ」と思うかもしれない。確かに東京近郊区間の特例は1973年4月から35年以上も続いている制度。なので、今では誰もが無意識で利用しているのだ。ちなみにJR旅客営業規則によると、大都市近郊区間の特例は次の条件で適用されるとのことだ。

  • 普通乗車券、回数券を使用する(SuicaなどIC乗車券もOK、定期券は不可)
  • 発駅と着駅が同じ大都市近郊区間内にある
  • 運賃は最短距離で計算する
  • 乗車経由路線は大都市近郊区間内で自由に選択できる
  • 新幹線は利用不可
  • 同じ駅を2度経由してはいけない
  • 途中下車はできない(途中下車した場合は前途無効、払い戻しなし、不足額を支払う)
  • 切符の有効期間は当日限り

駅の切符販売機の運賃表は、大都市近郊区間の特例をもとに表示している。また、SuicaなどIC乗車券の場合は自動的に最短距離の料金が適用される。八王子から横浜へ行く場合、横浜線で直線的に移動するルートが最も近いけれど、東京駅や新宿駅のエキナカで地方の駅弁を買い、品川駅のエキナカでブランド品を買って……という楽しみ方ができる。わざと遠回りするなんてキセルではないのか……と後ろめたく思っていた人も、これからは特例を活用してエキナカショッピングを楽しんでほしい。

大都市近郊区間特例は「大回り乗車」の根拠

さて、鉄道ファンが楽しむ「大回り乗車」は、大都市近郊区間の特例を利用した遊びだ。隣の駅までの切符を購入し、わざと大回りして鉄道の旅を楽しむ。大都市近郊区間の特例に従えば、かなり遠くまで迂回しても隣の駅までの切符で乗れる。ただし改札口の外には出られないので、駅で乗り換える以外は列車に乗ったままである。それでも、郊外の路線に行けば、駅弁を食べつつ車窓を楽しむという旅ができる。房総半島を一周してくるとか、水戸線、両毛線、八高線で関東外周を回ってくる旅も楽しそうだ。

ちなみに2009年1月現在の最長経路は下の図のようになる。例えば秋葉原から神田まで130円の切符で大回りをすると、「秋葉原-錦糸町-東京-南船橋-西船橋-千葉-大網-成東-佐倉-我孫子-友部-小山-新前橋-大宮-高麗川-八王子-橋本-茅ヶ崎-大船-根岸-横浜-新川崎-品川-川崎-立川-西国分寺-武蔵浦和-赤羽-西浦和-新松戸-日暮里-新宿-水道橋-神田」というルートで約776kmも列車に乗れる。2009年3月14日からは成田から成田線、総武本線、東金線、外房線、内房線を経由できるので、さらに約205kmも長くなって約981kmとなる。正規運賃なら11,970円となる距離を130円で乗れる計算だ。

大回り乗車の最長ルート(2009年3月13日まで)

もっとも、これは机上のお遊びと言えそうだ。これだけの長距離だと、始発列車でスタートしても、終電車までにゴールにたどり着けない。切符は発売当日限りだから、隣の駅にたどり着く前に終電になってしまう。唯一、この距離を乗り通せる日は元日だ。大晦日からの初詣客向け終夜運転がある。0時過ぎにスタートすれば23時ごろゴールにたどり着くようだ。ただし、来年は最長コースが981kmになるため、0時スタートでも完遂は難しそうだ。こればかりは来年の終夜運転時刻を確認するしかないのだが。

大回り乗車の最長ルート(2009年3月14日以降)

大回り乗車を実行する場合は、鉄道職員にキセル乗車と間違われないようにしたい。東京から130円区間の切符で高崎や安房鴨川あたりにいたら充分怪しまれそうだ。また、切符やIC乗車券の場合、着駅の自動改札機の設定によっては、一定時間を経過した切符をキセルと判断して扉を閉めてしまう。あらかじめルート図などを用意しておき、いつでも「大回り乗車」であることを説明できるように携帯しよう。

参考資料
東日本旅客鉄道・きっぷに関するご案内:運賃計算の特例
東日本旅客鉄道・Suica利用区間が拡大します