元国税局職員 さんきゅう倉田です。好きな裁判は「刑事事件」です。

引っ越しをして、ルームクリーニング費用を敷金から差し引く旨の連絡を受けたので、裁判をすることにしました。前回までの記事はこちら

なんとしても和解を勧める裁判官

今回は、和解を勧めてくる裁判官の危険性について。裁判官は、ぼくに和解をする意思があるか確認したあと、被告にも意思を確認します。

裁判官「判決にする? 5,000円は飲めないでしょ? 私としては、1万5,000円が妥当だと思うんだけど」

被告は5,000円も嫌だし、判決も嫌なようでした。ぼくは、この会社は清掃業者ではなく賃貸で利益を出す会社で、自分の物件を掃除しているだけなので、清掃の利益分を加味する必要がなく、もっと安くてもいいと思うと私見を述べました。そう言うと黙る裁判官。しかし、更に和解を勧めてきます。

ここで、和解した場合の訴訟費用を確認します。裁判官は「和解にすると、各自負担になるから、損するわけじゃないよ」と言います。しかし、訴訟費用は、ぼくが事前に支払った切手と収入印紙代のみです。被告は支払っていません。和解すると、ぼくだけが負担することになります。

実は、裁判官は、質問をしても原告や被告の有益になるような回答をしてくれないのです。あくまで、ただ裁判を進める人。被告や原告の立場になって考えてくれる優しいおじさんではありません。だから、決して信じたり頼ったりしてはいけないのです。あくまで、自分の仕事を遅滞なく進める公務員のおじさんです。裁判官は、また和解を勧めてきました。キッチンの換気扇の汚れよりしつこいです。

裁判官「和解にしないと、被告は払ってくれないかもしれないよ? 判決が出ても、被告は払ってくれないかもしれないよ。だから、和解の方がいいよ」
ぼく「でも、判決が出たのに支払ってくれない可能性がある人と仲良く和解するなんて、矛盾していると思うんですが」
裁判官「何で?」

と、コミュニケーションが取れない無駄な時間のあと、裁判官が「判決にしましょうか?」と和解を諦めてくれました。しばしの沈黙。悩む被告。「どう? 彼は5,000円って言ってるけど」と半笑いで言う裁判官。

被告は、裁判官と二人で話したいと言い、ぼくとぼくの傍聴人は退出させられました。少額訴訟では、訴えの相手を退けて裁判官と話すことができます。5分後、書記官に呼ばれて、再び法廷へ。席に着くと、突然、判決が出ました。

裁判官「判決。被告は原告に対し、3万5,000円支払う。訴訟費用は、その7を被告の負担とする。その余を原告の負担とする」

当初は5万円の敷金からルームクリーニング代4万1,000円を差し引いた9,000円を返還するということになっていました。しかし、裁判で「3万5,000円を返還する」という判決がでたので、ぼくのルームクリーニング負担分は1万5,000円ということになりました。

ぼくの離席していた間にはどんなやりとりがあったのでしょう。本来は説明があるはずなのですが、11時開始の裁判で、既に、12時。裁判官は速やかに、お昼ごはんを食べたかったのでしょう。日替わりランチ(さばの味噌煮)がなくなる前に、地下の食堂に行きたかったのかもしれません。ぼくが、3万5,000円の請求と受取方法について確認しても、裁判官は教えてくれません。被告に確認すると、会社に持ち帰って、2週間以内に郵送で新しいルームクリーニングの見積書を送るとのことでした。

そこまで確認したら、ぼくとぼくの傍聴人は一目散で法廷を退出します。法廷は4階にあり、1階に下りるためにエレベーターで被告と一緒になると、悪魔的にきまずいからです。被告も、それが分かっているようで、傍聴人席でゆっくりしているようでした。

裁判をして分かったことは、裁判の内容に関わらず、裁判官は、ルームクリーニング費用についてあらかじめ金額を決めていて、その金額で和解を勧めてきます。もし、和解が成立しなければ、その金額で判決を出しますが、被告が不動産業を営む法人である場合、判決をとてつもなく嫌がります。ほとんどの場合、和解になるでしょう。

もし、あなたが敷金の返還金額について納得がいかなければ、少額訴訟をすれば多くの場合、還ってくる敷金は増えると考えられます。訴訟手続きに2時間、裁判に1時間。所要時間と敷金を天秤にかけて、費用対効果が高い場合のみ、訴訟の手続きを取ると良いと思います。次回は最終回、訴訟の手続きと注意点を案内します。

執筆者プロフィール : さんきゅう倉田

芸人、ファイナンシャルプランナー。2007年、国税専門官試験に合格し東京国税局に入庁。100社以上の法人の税務調査を行ったのち、よしもとクリエイティブ・エージェンシーに。ツイッターは こちら