「スカパー! 鉄道チャンネル」(Ch.546)などで放送中の「鉄道ひとり旅」シリーズが累計100回を超えた。ゆったり、まったりとしたリアルな旅が人気の番組だ。旅の始まり、思い出の旅、これからの旅の行方はどうなるのか。
現在は「新・鉄道ひとり旅」として放送されている番組の出演者の1人、“鉄道好き芸人”の吉川正洋さん(ダーリンハニー)にインタビューした当連載は、今回が最終回。これまでの旅で良かった路線、これから乗ってみたい路線をはじめ、「新・鉄道ひとり旅」への思い、今後めざしたいことについても紹介していただいた。(聞き手は本誌連載「鉄道トリビア」「鉄道ニュース週報」を担当する杉山淳一氏)
良かった路線は「印象に残る事件」がある路線
杉山 : すごく月並みで聞かないことにしようと思ったんですけど、やっぱり聞こうかな。いままで旅して、いちばん良かった路線を挙げてください。
吉川 : いちばん良かった路線ですね。うーん、絞れるかなぁ…(笑)。
杉山 : 私自身、「好きな路線は」と聞かれると選べないので、聞かないつもりでしたけど。
吉川 : やってみましょう! うーん、釧網本線……あ、根室本線もよかったなあ。ちょっと待ってくださいね(笑)、どっちにしようかな。ああ、でもやっぱり、函館本線の山線(※1)ですね。「新・鉄道ひとり旅」の1回目で行ったんです。函館を朝5時ぐらいからスタートして、暗い中。
(※1)函館本線の長万部~札幌間(小樽駅経由)は「山線」と呼ばれる。函館~札幌間の特急列車は「海線」と呼ばれる室蘭本線・千歳線経由が多い。
杉山 : あの区間は本数が少ないから、途中下車を考えると、早く出発しないとゴールに着かないですよね。
吉川 : そうなんです。で、小沢って駅で降りて「トンネル餅」を食べたんですよ。
杉山 : 「トンネル餅」って有名ですよね。いいなあ。食べたことないんです。
吉川 : 本当においしかったですよ。
杉山 : 寅さん(※2)にも出てきますよね。
吉川 : お店の方にも親切にしていただいて。ちょうどトンネルとトンネルの間にあって。「トンネル餅」のおいしさと、山線の雰囲気がとっても良かった。独特のゆっくり感。長万部から山線に入ると、時間の進み方が変わるというか、ローカル線っぽくなりますしね。小樽に出て、博物館(※3)に行って。
(※2)山田洋次監督、渥美清主演の人気コメディ映画シリーズ『男はつらいよ』。「トンネル餅」は第10作『男はつらいよ 望郷篇』に登場する。
(※3)小樽市総合博物館。北海道で活躍した鉄道車両を多数保存、公開している。
杉山 : ああ、手宮の廃線跡をずっと歩いて行く……。
吉川 : そうです。現金輸送車両もじっくり見ました。あと、羊蹄山の眺めも良かった。「新・鉄道ひとり旅」が始まったというテンションの高さと、風景と「トンネル餅」のお店の方との出会い。小樽からまた景色ががらっと変わりますよね。その変化も含めて。
杉山 : ベストセレクションとして再放送してほしいなあ。あと2つくらいありませんか?
吉川 : ありすぎますよ。いろいろ行きましたしね。
杉山 : 100回ですもんね。私は日本の路線の95%くらい乗りましたけど、どれも良かったと思っているので選べません。それを吉川さんに聞くのは自分でもひどいと思いますけど……。
吉川 : いやいや(笑)。あ、小浜線! このときはとても天候が悪くて。
杉山 : リアルな旅だと、いつも晴れではないですよね。
吉川 : そうなんです。この日はものすごく天気が悪くて、途中で列車が停まりかけちゃって、終点まで行けるのかなあって。もう台風中継みたいな。
杉山 : それは印象に残る回ですね。
吉川 : 旅番組的には最悪なんですけど(笑)。上中という駅があって、近くに熊川宿という宿場町があるんですね。でもそんな天候なので、誰ひとり歩いていないんですよ。またそのときは運が悪いことに、お昼ごはんも食べてなくて。「鉄道ひとり旅」って、お昼ごはんを食べられない回もあるんです。あぁ今回も食べられないかなあと思ったら、1軒だけ、鯖ずしのお店が開いてまして、そこで食べた鯖ずしが絶品でした! 鯖に脂がのっていてキラッキラして。それと葛うどん。これもめちゃくちゃおいしくて。
杉山 : いいなあ。
吉川 : 天気は荒れ模様でしたけど、この味に救われました。本当にうれしかった。そういう、天気が悪い回って意外と覚えています。あとは相笠D(番組ディレクターの相笠文寿氏)とおにぎりを2人で分けた回とか。
杉山 : ひもじい(笑)。なんですかそれ。泣ける話かなにかですか。
吉川 : 若桜鉄道のときです。そのときもなかなかタイミングが合わなくて、お昼時に降りた駅にお店がなかったり、やっと見つかってもやってなかったりご飯がなかったり。ただ、途中の因幡船岡のコンビニで、なぜかおにぎりを1個買っていたんですね。あまりにお腹が空いちゃったんで、それを八東駅で2人で分けて食べたんです。あのおにぎりはおいしかったなあ。
杉山 : ちなみに具は何ですか?
吉川 : おかかです! 若桜鉄道は食事の出会いはなかったですけれど、駅舎の雰囲気がいいですし、SLもありますし、いいですよね。
杉山 : SL、頑張って走らせてほしいですよね。駅と言えば隼駅がバイクファンに人気で。
吉川 : 隼駅も行きましたよ。いい雰囲気でした。
杉山 : スズキのオートバイ「隼」に乗った人はいませんでしたか。
吉川 : そのときはバイクに乗った人はいませんでしたねぇ。
杉山 : 逆に食事が良かった回は?
吉川 : 境線ですかね!
杉山 : 鬼太郎列車ですね。
吉川 : はい。終点の境港の駅で、ふらっと入ったお店が、とんでもなくおいしい海鮮丼でした。
杉山 : 駅の横の大きな施設ですか?
吉川 : いえ、だいぶ歩いたところにあるお店です。1,300円くらいで、もうとんでもないボリュームで。丼以外にもお魚とかイカとかカニ玉とか5品くらいついてきて、どれもめちゃくちゃおいしかったんです。
杉山 : そういう出会いはうれしいですよね。下調べしないで当たりを引く。
吉川 : 東京で食べたら3,000円はするだろうと思う内容で。そういうのはうれしいですよね。歩いて歩いて探して、あんまりメディアに出ていないような店で。
杉山 : たまたま見つけた店って、もう1回行こうと思うと、案外見つけられない。
吉川 : そうかもしれないですね。
杉山 : そんなときのためにも映像を残すと。
ライフワークとして続けたい
杉山 : いまは路線の選び方は変わりましたか? 北へ行ったら次は南とか。
吉川 : 一応考えてはいますが、続いちゃったりもしますね。千葉千葉千葉! みたいな。でもいつどこへ行っても楽しいです。おじいちゃんになってもやっていたいです。
杉山 : ああ、そうですね。ライフワーク。めざすは何回っていう目標はありますか。
吉川 : まずは全路線制覇したいです。JR・私鉄に限らず。全部行きたい。100回は超えたので、200回、300回、1,000回。
杉山 : 「徹子の部屋」の鉄道版ですね。
吉川 : おじいちゃんになって「てぇつぅどぉうひとりたびぃでぇございまぁす」なんて感じで。「今回でぇ肥薩線はァ20回目でごじゃいますが」みたいな(笑)。
杉山 : (笑) 真面目な話、それはおもしろいですね。季節を変えたりとか。「徹子の部屋」でも「10年前の放送をちょっとご覧ください」なんてやってますよ。
吉川 : 僕自身も7年前と変わっていますし。始めた頃と顔つきもけっこう違うと思います。そういう、自分史を残せるのもありがたいですね。
杉山 : ひとりの鉄道ファンの成長の記録、みたいになってきたぞ(笑)。
吉川 : えぇ。まぁでもこれからどんどん年を取りますからね。始めた時は33歳でしたが、もうすぐ41歳です。今後はどんどん年をとっていく姿をお見せしたいです(笑)。あと、残念ですがロケをした路線がなくなっちゃうこともありますし、今見ると貴重な車両もあるかもしれないです。
杉山 : たしかに映像の資料価値って大切ですよね。私はマイナビニュースの連載で、鉄道が登場する映画などを紹介していたことがあって、映像のエンターテイメント作品にも資料価値ってあるなあと思いました。山田洋次監督の『家族』という映画があるんですね。長崎に住む貧乏な家族が、仕事を求めて北海道の農場まで、鉄道で旅をするという。
吉川 : ほう!
杉山 : 途中で大阪万博に寄るんですよ。
吉川 : 当時の実際の会場ですか。
杉山 : そうです。そこに、北大阪急行電鉄の万博中央駅が映ってるんです。万博の会期中だけ存在した駅。
吉川 : うわあ、すごい。最高の場面!
杉山 : これってすごい資料価値だと思って。
吉川 : 写真は見たことありますけど、動画ですよね。
杉山 : そうなんです。映像なんです。これは山田監督、狙ったなと。
吉川 : ははは。長いこと映像作品を作り続けると、そういうことってあるんですね。
杉山 : 多少、粗があっても、資料として見ると許せる映画もあります。昔の映画に出てくるブルートレインとか。テレビドラマとかって、乗った列車と降りた列車が違うって場面が普通にあるんです。極端な例だと、同じ列車を追っているんだけど、機関車の番号が全部違う。
吉川 : あ、なるほど。
杉山 : そんなに都合良くは撮れないからしかたない。でも資料として見ると、「あ、同じ時期にこの列車や車両もあったんだな」なんて思える。「EF58ってたくさんあったんだな」とか。
吉川 : そうですね。
杉山 : 渥美清さん主演の『喜劇急行列車』は、渥美清さん演じる車掌がブルートレインで乗務する中、浮気を疑った奥さんが新幹線で追いかけるんですけど、車窓から「あの列車ね」って映し出される列車が旧型客車なんです。それじゃない(笑)。でも、資料として見れば、同じ時期に旧型客車があって長距離列車もあった。ということは、やっぱり20系のブルートレインは当時としては特別な存在で、ちょっと抜けた感じの渥美清さんだけど、車掌としてはエリート。エリートに愛嬌があるから面白い、ってなるんです。
吉川 : そういう価値も出てきますね。
杉山 : そういう意味では、映画を撮る人はもっと気楽でいいかもしれないなと。考証にこだわりすぎなくてもOKみたいな。
吉川 : うーん(苦笑)。
杉山 : 「鉄道ひとり旅」シリーズが続いていくと、過去に乗った路線がなくなっちゃって、もう一度行ってみよう。廃線跡をたどってみよう、という回も……。
吉川 : そういうことも出てくるかもしれないですね。廃線は悲しいですけど。
杉山 : 三江線は行かれましたか。
吉川 : それが三江線、行けなかったんですよ……。
杉山 : ああ、それは残念。
吉川 : 三江線は江津駅だけ行ったんです。江津を旅したときの最後のほうで三江線の列車を撮影したんですけど、乗っては行けなかったですね。
これからはどこへ…?
杉山 : これからどこへ行きたいですか。
吉川 : 九州エリアはまだ行っていないところがあるので、平成筑豊鉄道とか。
杉山 : 元炭鉱、旧国鉄の方ですね。
吉川 : そうですね。日田彦山線も行ってない。
杉山 : 運行再開したらぜひって感じですね。
吉川 : はい!
杉山 : 「ひたひこさんせん」って路線名の響きがすでに楽しそうですよね。
吉川 : 指宿枕崎線もまだなんです。
杉山 : あ、そうなんですか。意外でした。
吉川 : 指宿枕崎線は攻めたいですね。九州はまだ行ってないところありますね。大村線もまだですし。
杉山 : 九州は観光列車ばかり注目されがちなので、ぜひ普通の路線、普通の列車、普通の駅も面白いよと。それが発信できる番組が「新・鉄道ひとり旅」じゃないですか!
吉川 : そうですよねえ。
杉山 : こう言うとプレッシャーかもしれませんが……。
吉川 : あと、北陸もまだ残ってます。越美北線も行ってないですし。えちぜん鉄道も三国芦原線がまだで、七尾線もまだ。東海地方の……紀勢本線もまだです。
杉山 : えちぜん鉄道は新幹線の高架を使った駅が終わってしまいましたね。
吉川 : 逆に都会の近鉄、名鉄あたりも攻めてみたいです。「新・鉄道ひとり旅」はたまに都市部にも行くんですよ。西武、相鉄、京急、東武とか。
杉山 : 西武、京急は終点が観光地ですけど、相鉄はどう攻めたのか興味深いです。
吉川 : 相鉄は変化の途中で楽しかったですねぇ。ローカル線が多い中で、たまに行く都市の鉄道もやっぱりおもしろい。たとえば東急。池上線とかもそれこそいい感じですし、田園都市線でひとり旅もいいですね。
杉山 : 池上線はいい雰囲気だと思うけど、田園都市線はほとんどコンクリートの高架駅ですよ。たいていは駅前に洒落たパン屋とかケーキ屋のイメージなんですけど。
吉川 : 田奈とか降りたいですね。田園都市線だったら。
杉山 : おお、さすが。あそこは何もなさそう。 攻め甲斐がありそう。
吉川 : 宮崎台とか藤が丘とかつきみ野あたりも惹かれますね。主要駅からちょっと外したあたり。まだまだ行きたいところがありますよ。
杉山 : お話を聞いていると、本当に生涯続けられる感じですね。
吉川 : いつまでも続けたいですね。最終的には大師線(東武鉄道)で1時間とかやりたいです(笑)。
杉山 : ええー。1駅しかないですよ。
吉川 : 1駅でも1時間の旅をお届けできるくらいの鉄旅名人になりたいです。
杉山 : ただ見せるだけではなくて、「みんなもこうして旅に出れば楽しいよ」ってメッセージになりますよね。
吉川 : そうですね。「次にここに行ってください」というメッセージもいただくので、リクエスト特集もいいかも。あとはファン投票とか。
杉山 : そうですよ。過去の人気回。それこそ年末にオールナイトでやってほしいなあ。民放でよくやってたじゃないですか。古い映画のシリーズものを一挙放送とか。
吉川 : あと「みんなでひとり旅」!
杉山 : えっ!?
吉川 : ファンの方と一緒に旅をする。全然ひとり旅じゃないですが(笑)。
杉山 : ちっともひとりじゃない(笑)。にぎやか。
吉川 : みんなでひとり旅(笑)。いろいろ夢は膨らみますね。あとDVDも第2弾とか出したいです。
杉山 : 映像資料的な意味も含めて、商品化していただいたほうがいいです。そして、てっぱく(鉄道博物館)で保管していただいたほうが。
吉川 : したいですね!
杉山 : 映像アーカイブとして貴重ですよ。
吉川 : 100本ありますしね。未公開シーンもたくさんあります。
杉山 : ああ、そうでしょうね。1日中カメラを回して、1時間で放送しているわけですよね。
吉川 : スカパーでの放送だと1時間番組ですけど、地上波などで、地域によっては30分に短縮されてしまう場合もあるんですよ。
杉山 : ダイジェストですね。
吉川 : それぞれ局によって都合がありますので。とにかく今後も山陰本線くらい長く続いたらいいなと思います!
杉山 : 今後はどちらに行かれるんですか?
吉川 : ●●線とか、▲▲鉄道とかですね。
杉山 : それは楽しみです。