「スカパー! 鉄道チャンネル」(Ch.546)などで放送中の「鉄道ひとり旅」シリーズが累計100回を超えた。ゆったり、まったりとしたリアルな旅が人気の番組だ。旅の始まり、思い出の旅、これからの旅の行方はどうなるのか。

  • 好評放送中の「新・鉄道ひとり旅」。ロケを通じ、印象に残った路線は?

現在は「新・鉄道ひとり旅」として放送されている番組の出演者の1人、“鉄道好き芸人”の吉川正洋さん(ダーリンハニー)にインタビューした当連載。第3回はロケの裏話をはじめ、車窓風景の美しい路線や驚きの駅名などについて紹介していただいた。(聞き手は本誌連載「鉄道トリビア」「鉄道ニュース週報」を担当する杉山淳一氏)

その路線で1時間、本当にできる!?

吉川 : 最初のほうは、オープニングで「何が起こるかわからない」「何も起きないかもしれない」ってコンセプトを説明していました。

杉山 : 「ここには何もないがあります」の鳥塚さん(※1)みたい。

(※1)いすみ鉄道の前社長、鳥塚亮氏。「ここにはなにもないがあります」というキャッチフレーズで、沿線の昭和の原風景をアピールした。

吉川 : ホントに1時間、何も起きない回もあるんですよ。半分以上はそうかもしれない。これといった山場がないというか……。

杉山 : でも、そこがリアルですよね。逆にリアルさが面白い。

吉川 : 最初の頃は5日で5本撮りしていまして。

杉山 : 5本撮りはすごいですよね。普段も番組収録などお忙しいのに。

吉川 : 昔はホントに強行軍でやっていました。5日ですから荷物もパンパンです。相笠D(番組ディレクターの相笠文寿氏)も終盤はカメラを持つ握力がなくなって。カメラを落としたり、SDカードをぶちまけたり……なんてことも。

杉山 : うわー。それはかなりキツかったんでしょうね。

吉川 : もともと相笠Dはカメラマンではないんですよね。だから最初の頃は慣れなくて、大変だったと思います。いまはもうバッチリです。

杉山 : 5本だと一定の地域を集中して回る感じでしょうね。

吉川 : この番組、1時間番組なんですけど、南田マネージャー(※2)から「その路線で良く1時間できましたね」なんて言われることもあります。甘木鉄道(※3)とか。

(※2)「鉄道BIG4」としてもおなじみ、ホリプロマネージャーの南田裕介氏
(※3)甘木鉄道。基山~甘木間を結ぶ第三セクター鉄道。

杉山 : 九州の甘木鉄道。たしかにあそこは短い路線です。

吉川 : 水間鉄道(※4)とか。

(※4)水間鉄道。貝塚~水間観音間を結ぶ私鉄。手打ちうどん店を展開する「グルメ杵屋」の子会社。

杉山 : 短い(笑)。あそこは食べるならうどんでしょう?

吉川 : 何食べたっけなあ。あ、普通にたこ焼きを食べました(笑)

杉山 : えー、水間さんはオーナーがうどん屋さんじゃありませんか。

吉川 : そうでしたね……。会社自体が。

杉山 : そこでうどんを食べない。自由ですね。でもそれが「鉄道ひとり旅」らしくて安心しました。でも水間鉄道で1時間は大変でしょうねえ。どうするんですか。全部の駅で降りるとか。

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吉川 : なんとかなりましたね。きっと番組が始まった頃の僕だったら無理だったかもしれませんが、何度か続けているうちに「ひとり旅スキル」が上がってきたんですよ。

杉山 : 「ひとり旅スキル」、興味深い!

吉川 : 無理矢理その駅周辺を歩きまくって何か探すだけなんですが(笑)、とにかく歩く。だいたい1回10kmくらいは歩きます。歩いて尺を稼いで。するとなにか見つかるものなんですよね。

杉山 : 最初の頃の吉川さんだったら、途方に暮れちゃう感じですか。

吉川 : そうです。そもそも、あまりしゃべらなかったですね。

杉山 : え、そうなんですか。

吉川 : あまりしゃべりもせずに淡々と旅する感じで。

杉山 : そりゃあ、ひとり旅ですもんね。リアルな旅なら、独り言をしながら旅する人なんていないですよ。それ変な人ですよ。

吉川 : そうですよね。

杉山 : だんだん視聴者を意識して、教えたい伝えたい、となっていった。

吉川 : そうですね。6kmくらいの路線だと、しゃべらないと尺が持たないことに気づきまして(笑)。それでしゃべるようになりました。

景色は語らなくても伝わるんです!

吉川 : この番組、BGMがないんですよ。テロップも最小限でナレーションもありません。となると僕が全部説明しないと、何がどうなってるかわからないし、場面が変わったときに編集がつながらないんです。

杉山 : そうか。実況しないと視聴者が置いてけぼりになっちゃう。

吉川 : そうなんです。ひとり旅の8割は「説明」です(笑)。そうすると、説明癖がついちゃうんですね。ひとり旅のロケの次の日、別のロケ仕事に行くと、「吉川さん、そんなにしゃべんなくていいですよ」って言われます(笑)。

杉山 : (笑)

吉川 : でも、鉄道ひとり旅ではそうなっちゃうくらい説明しないとって思ってます。

杉山 : どこの駅から乗って、次はここで降りようかな、という。そういう情報がないと、吉川さんがどこに居るかもわからなくなっちゃう。

吉川 : そうなんです。

杉山 : 景色はどんな風に説明していくんですか。食べ物は味を言葉で伝えられる思うんですが。

吉川 : 景色は、まず見ていただこうと。「吉川カメラ」っていう、僕の手持ちカメラのコーナーがあるんですね。いつからか自然と生まれたコーナーでして(笑)。そこでは最小限の情報を入れますけれど、テレビなので景色は見ていただくとわかっていただける。逆にあまりガヤガヤ言わない方がいいかもしれませんね。

杉山 : そうか。見えない情報を補っていくんですね。いまどこに居る、どこに向かってる。吉川さんが何を思っているか、という。

吉川 : タモリさんが「テレビは絵が映っているから、過剰にしゃべらなくても大丈夫」って教えてくれたんです。

杉山 : でも親切にしゃべっちゃう。

吉川 : やりすぎちゃうときもありますねー。

杉山 : 視聴者は吉川さんのファンだから、吉川さんのお話を聞きたいかも。

吉川 : どうなんでしょうねぇ。景色の場面は、うるさくないほうがいいかもしれません。

杉山 : 逆に、言葉が出なくなっちゃうくらいの場面はありましたか。

吉川 : ああ、絶景みたいな……。山陰本線からの海はきれいでした。エメラルドグリーンで。

杉山 : 山陰は良いですね。私は上り「サンライズ出雲」に乗ったとき、宍道湖のあたりでちょうど夕日だったんです。空がオレンジで、湖面が輝いて、対岸が影絵のよう。偶然でしたけど、あれを見たいと思ったら、日没時刻とか方角を調べなくちゃいけません。なんて幸運なんだろうって思いました。そういう経験はあるでしょう。

吉川 : ありますね。僕は島根の海が好きでした。あれは良かったなあ……。

お気に入りの景色は?

吉川 : 他にもたくさんあって……。そうだ。錦川鉄道の川の風景もきれいでしたね。

杉山 : 私も春に行きました。きれいですよね、あそこ。

吉川 : ホント、きれいですよねえ。

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杉山 : あれ、誰が錦川って名づけたんだろうって思いますよね。本当に錦みたいな色で。

吉川 : あれはまさに錦ですよねえ。

杉山 : 水面に細かい模様みたいな柄がキラキラしていて、

吉川 : 水が透明で、水の底の柄が見えるんですよね。

杉山 : 魚も見えますよね。

吉川 : 見えました。そのときは六角精児さんとばったり会って。

杉山 : ばったりですか? 仕込みじゃなくて!?

吉川 : ほんとにばったりです。2班で別々に「鉄道ひとり旅」を撮っていて……。

杉山 : あ、なるほど。

吉川 : そうやって偶然に合流して「ふたり旅」になったことが2回あります。1回目は甲府。2回目が錦川鉄道の近くの錦帯橋。で、錦川鉄道に2人で乗って、それで錦川に行って、ふたりで水を掛け合ったりして。

杉山 : えっ……。(絶句)

吉川 : おじさん2人でキャッキャして(笑)。あれは楽しかったなあ。おじさんの夏休み。錦川は良かったです。

杉山 : カーブもちょうどいいんですよね。対岸の山同士が重なっていて、扉が開いていくようにだんだん広がって、そして向こうに次の山が見えてくる……。

吉川 : 川だと錦川ですね。あとはもちろん四万十川ですね。

  • 鉄道談議が盛り上がり、吉川さんの説明もいっそう熱がこもる

杉山 : 四万十川といえば、私は江川崎駅から歩いて川岸まで降りていって、川の水を触りに行きました。

吉川 : 行きました江川崎、私もひとり旅で行きました。暑い時期でした。

杉山 : ガードをくぐってね。

吉川 : そう!

杉山 : ローカル線って、海辺から山へ行く路線が多くて、必然的に川沿いルートを通っていきますよね。もうなくなっちゃったけど、可部線の三段峡へ行く区間とか。

吉川 : ああ、昔の。

杉山 : 太田川沿いのね。私はあの路線に乗ったとき、「山の色って緑一色じゃないんだな』って思って。

吉川 : ああ、たしかに!

杉山 : その辺どうですか。かっこつけるわけじゃないけど、私は都会育ちだから、幼稚園とか小学校とかで山の絵を描くとき、緑一色に塗ってたんです。

吉川 : ああ、うんうん。僕もそうです。

杉山 : だけど、実際にこの時期、春とか初夏にローカル線に乗ると、車窓の山の色ってたくさん。黄緑もあるし、濃い緑もあるし、ところどころに山桜のピンクもあったりして。

吉川 : そうですよね!

杉山 : 都会育ちの子と田舎育ちの子は、山を描くときに色が違うんじゃないかという仮説も。

吉川 : 山も面白いですね。四国あたりの低い山もいいですね。もちろんアルプス系の大きな山もいいんですけど、線路の近くの小さな山もいいですね。有名でみんなが写真を撮るようなところより、何気ない、なんてことのない山のほうが、名前もなさそうな山にグッときます。

行き当たりばったり降りるもんじゃない

杉山 : 「伊予灘ものがたり」が好きなんですけど、「愛ある伊予灘線(※5)」は行かれましたか? 海のそばの下灘駅が有名ですね。

(※5)予讃線伊予市~伊予大洲間は海回りの区間と山回りの区間(内子線も含む)がある。海回りの区間は「愛ある伊予灘線」と呼ばれ、景色に定評がある。

吉川 : はい。その日は「伊予灘ものがたり」が走っていなくて乗れませんでしたが行きました。

杉山 : 松山駅から下灘駅を通って、海沿いを走ったその先からから肱川沿いになるでしょう。あの肱川越しの対岸の山の景色が好きです。伊予灘も良いけど肱川もいいぞと。

吉川 : うんうん。海がきれいとされている路線ですけど、川もいいですね。僕は逆向きで旅したんです。川の方から海へ向かって。で、1文字の駅、どこだっけな。歩いたんですよ。……あ、串だ。串。

杉山 : くし!

吉川 : なんとなく名前の響きだけで降りちゃいまして。串(笑)。

杉山 : 私はその理由だけじゃ降りないかも。あの路線で1日歩くなら、下灘駅で降りて、なにか他にないかなあ、という感じで。

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吉川 : 串で降りたけど、次の列車まで時間が空いていたので、「よし、次の下灘まで歩こう」と。

杉山 : おーぅ!

吉川 : 歩いてみたら、串から下灘まで、けっこう距離があって。そのときのロケって、5泊して5本撮るってスケジュールだったんですね。だから荷物がとても多かったんです。

杉山 : うわー、なんか海沿いだけど山登りみたい。シェルパが必要なレベル。

吉川 : あのときばっかりは後悔しました(笑)。駅名の響きで降りちゃうとか、調べないで降りちゃうとけっこうひどい目に遭うこともあります。

杉山 : でも、申し訳ないんですけど、観る側はそこが楽しいんですよねぇ。困ってる姿がおもしろいというか。ヤラセじゃなくてホントに困ってるんだって。

吉川 : うはは(笑)。

杉山 : 観るほうは笑いつつも、きっとうれしいんですよ。自分ではやらないことを吉川さんがやってくれた! 「そこにしびれる憧れる」っていう。

吉川 : そういえば、「心臓血管センター」って駅もありました。

杉山 : あああ、気になってました。上毛電鉄の!

吉川 : あそこも駅名の響きで降りたところで。

杉山 : 心臓血管センターに行ったんですか! すごい。

吉川 : 旅番組では行かないですよね。心臓血管センター(笑)。

杉山 : あの駅名のインパクトすごいですよね。時刻表や路線図で存在は知っていても、車内放送で「次は心臓血管センター」って聞くと、改めて「なんじゃそりゃ」って。

吉川 : で、行ってみると、やっぱり病院があって。

杉山 : そりゃそうでしょう。近いんですか?

吉川 : すぐ近くでした。でも、それだけっていう。

杉山 : 駅からずっと歩かされたら、通院患者さんが体調を崩しちゃいますよね。病院には入らなかったんですか?

吉川 : さすがに入らなかったです。ああ、病院、あるんだーって。

杉山 : 納得ですね。

吉川 : まあでも、それ以上の感想はなかったです(笑)。降りた僕が悪いんですが。

杉山 : (笑)

「新・鉄道ひとり旅」
10・11月の最新話放送スケジュール

  • 10/6(土) 22:00-23:00 #91(初) ~弘南鉄道 編~
  • 10/26(金) 24:00-25:00 #91
  • 10/20(土) 22:00-23:00 #92(初) ~道南いさりび鉄道 編~
  • 10/27(土) 22:00-23:00 #92

  • 11/3(土) 22:00-23:00 #93(初) ~野岩鉄道 編~
  • 11/10(土) 22:00-23:00 #93
  • 11/17(土) 22:00-23:00 #94(初) ~会津鉄道 編~
  • 11/24(土) 22:00-23:00 #94

  • ダーリンハニー吉川正洋さんをはじめ、鉄道好きの著名人が全国の鉄道をぶらりひとり旅する番組。何が起こるかわからない、何も起こらないかもしれない旅人任せの行き当たりばったりな鉄道旅が展開される。「スカパー! 鉄道チャンネル」(Ch.546)などで好評放送中。