「スカパー! 鉄道チャンネル」(Ch.546)などで放送中の「鉄道ひとり旅」シリーズが累計100回を超えた。ゆったり、まったりとしたリアルな旅が人気だ。旅の始まり、思い出の旅、これからの旅の行方はどうなるのか。
現在は「新・鉄道ひとり旅」として放送されている番組の出演者の1人、“鉄道好き芸人”の吉川正洋さん(ダーリンハニー)にインタビューした当連載。第2回は「鉄道ひとり旅」シリーズの始まるきっかけについて聞いた。(聞き手は本誌連載「鉄道トリビア」「鉄道ニュース週報」を担当する杉山淳一氏)
全然コメディー要素がない…芸人なのに(笑)
杉山 : 素人ですみませんがツッコミ入れていいですか。「鉄道ひとり旅」ってタイトルなのに、冒頭できっぷを2枚、買ってますよね。カメラマンさんの分と一緒に。
吉川 : 買ってます。そういうところダダ漏れというか(笑)。むしろ視聴者の方にツッコんでいただけるとありがたいです。
杉山 : リアルでゆるくていいなあ。それでは、まだ「鉄道ひとり旅」をご覧になっていない方々へ、吉川さんの言葉で番組を紹介していただけませんか。僕が見た感じでは、カメラマンさんと電車に乗ってのんびりして、「鉄道の旅っていいなあ」という。
吉川 : ひとり旅と言いつつ、相笠D(ディレクターの相笠文寿氏)がカメラを回して、決まり事がなくて、とにかく無計画にぷらぷら鉄道の旅をしているという番組です。すごく気ままに旅をさせていたただいています。
杉山 : こうするべき、この要素が必要、という決まりがないんですね。
吉川 : まったくないんです。だから逆に冒険ができますね。いままでのテレビでは取り上げられていない駅、他の旅行番組などでは降りなさそうな駅で降りてみようとか。
杉山 : 予測できないところで、何が起きるかわからない。
吉川 : 鉄道番組であり、旅番組であり、ドキュメンタリー。ただコメディー要素はほぼございません。芸人なのに本当に申し訳ございません(笑)。
杉山 : でも、見ているほうも旅をしている気分になります。
吉川 : そうですね。「旅した気になる」、それが裏テーマでもあります。
杉山 : ドキュメンタリーとおっしゃいました。たしかにとてもリアルです。いままで私が見てきた旅番組って、まるで申し合わせたようにお祭りが始まったりとか、いいタイミングで民芸品を作ってる家が登場したりとか。あれ不自然ですよね。
吉川 : (笑)この番組はお店に入るかとか特に決まっていませんからね。突撃で申し訳ないんですが、準備がないので皆さんわりと自然なんですよ。「いつものお客さんだと思ってください」って感じで撮らせていただきます。事前に話を通すと構えちゃいますし。
杉山 : 料理の盛りが多くなっちゃったりね。
吉川 : あるかもしれませんね(笑)。
初回は「いつ放送するかわかりませんけど」
杉山 : こんな自由気ままな番組が、どうして成り立ってしまったのか。
吉川 : もともとは丸一日九州へ水戸岡鋭治さんの特番を撮りに行ったんです。撮影した次の日はただの移動日だったんですが、プロデューサーの山守さん(山守文雄氏)が直前に、「吉川さん、せっかく九州に行くし移動だけではもったいないから、次の日なにか自由に撮ってみませんか」って。
杉山 : え、そんな成り立ちなんですか!?
吉川 : しかも「いつ放送するかわかりませんけど」って(笑)。
杉山 : うわー。放送局なのにネットメディアみたいなこという(笑)。「コラムを書いてください、いつ載るかわかりません」みたいな。いやマイナビとは言いませんが……。
吉川 :スカパーでやるつもりだったとは思うんですけど、「とくに放送日とかは決まってませんが、編集でき次第売り込みます。お好きに撮ってください」という感じで。清々しいくらいの丸投げです(笑)。
杉山 : 逆にプレッシャーがなくていいかもしれない。そこも私の仕事に似てる(笑)。
吉川 : だったら本当に好きにやろうと。無計画で、どうなるかわからない鉄道旅をやってみようと。そういう始まり方が逆に良かったと思います。気張らずに。
杉山 : 企画書を作って綿密に計画を立てると、「仕組まれた感」が出てしまいますよね。
吉川 : そうですね。企画書ゼロのぶっつけ本番ですから。どうなるかわからないから、好きにやってみようと思いました。
杉山 : そのときはどこへ行かれたんですか。
吉川 : 博多をスタートして門司港まで行きました。九州鉄道記念館を観て、門司港レトロ観光列車に乗って終わったんですけど、博多から門司港へ行く特急の車内で「吉川さんですか?」って。少年が話しかけてくれて。
杉山 : ファンの方ですね。
吉川 : ええ、「タモリ倶楽部」の鉄道の回を観ていらした方です。それがいい出会いだったんですよ。ちょうど「喋ることないな」と思っていたら来てくれて。好青年で鉄道が大好きで。たまたま九州を旅した後に下関のおばあちゃんの家に行く方だったんです。
杉山 : あそこ、関門海峡の下に歩道トンネル(※1)があって面白いですよね。
吉川 : そうそう、そうです。その青年とは車内でいろいろお話ししていったん別れたんです。僕は九州鉄道記念館を観て、次に門司港レトロ列車(※2)に乗ろうとしたら、その青年にまた再会したんですね。
(※1)関門トンネル人道
(※2)門司港レトロ観光列車「北九州銀行レトロライン」
吉川 :「やあ、また会ったね!」って。彼が海峡トンネルを歩くというので、じゃあ送りますって。なにせこっちは特に予定がないですから(笑)
杉山 : 一緒に歩道トンネルへ?
吉川 : はい。県境まで。
杉山 : あの県境の線まで(笑)。そこでお別れ。ドラマチックですね。
吉川 : 初回で偶然に良い出会いがあって盛り上がったんです。あの出会いがなかったら、ほんとに盛り上がりのない動画になっていました。あの青年にはいまでも感謝しています。
杉山 : いや、吉川さんの旅ですから、それなりにおもしろかったとは思いますよ。
吉川 : いやー、正直厳しかったと思います(笑)。でもあの出会いのおかげで、こういうスタイルの番組って面白いかも……と。
杉山 :リアルなハプニングで。
吉川 : 当時はそんなにゆるい番組はなかったんですよ。いまでこそアポなしの旅番組ってありますけど、ゴールを決めないで、降りたい駅で降りちゃうとか、乗りたい列車に乗っちゃうとか、そういうスタイルが最初からできてラッキーでした。
「吉川ひとり旅」ではないんです!
杉山 : その門司の旅が放送されて、うまくいったと。
吉川 : いえ、最初はまったく反応がありませんでした。タイトルも「吉川ひとり旅」っていうタイトルだったんですけど、それだと他の出演者では成り立たないので、名前を変えて「鉄道ひとり旅」と。
杉山 : 吉川さんの番組というわけではないんですね。そういえば六角精児さんの回もありました。あれは吉川さんが忙しくて、代打だと思ってました。
吉川 : 斉藤雪乃ちゃんの回とか、他の出演者の回もあるんですよ。最初は「吉川ひとり旅」なんて、タイトルまでテキトーに付けちゃった(笑)。
杉山 : いかにコンセプトがテキトーだったかと。
吉川 : 「吉川ひとり旅」だと僕しか行けないので、いろんな方が行けるようなタイトルに変えたんです。
杉山 : 「鉄道ひとり旅」にはそういう思いが込められているんですね。
吉川 : でも、ほとんど僕だけなんですけどね(笑)。ホントは誰が行ってもいいんです。ずーっと募集中なんですよ。
杉山 : タモリさんでもいいんだ。鶴瓶さんとか。
吉川 : もちろん! タモリさんの鉄道ひとり旅は観たいなあ。鶴瓶さんだともう“あの番組”になっちやいますけど(笑)。ただ、この番組は開かれた番組です。僕が100回以上行ってますけど、どなたが行ってもオッケーです。
杉山 : でも吉川さんで定着した感はありますよね。
吉川 : こんなに続くとは思わなかったんです。始まりもテキトーだったし。始まったのはいいけれど、最初は「この旅は誰のためにやってるんだろう」って思うこともありました。番組も認知されませんし、相笠Dと2人だけで心細くて。
杉山 : ああ、なんとなくわかります。自分は楽しいけど、それが伝わるかなって。
吉川 : そうですね。普通に旅してますし、大丈夫かなと(笑)。ただ続けていたらだんだんと「それがいい」って方が徐々にいらして。
杉山 : それ、たぶん「共感」ですね。私も「鉄道ひとり旅」を知って拝見したときに失礼ながら、妙な番組だなと(笑)。「他の旅番組と時間の流れが違うなあ」と。でも「自分の旅もこうだったなあ。タレントの吉川さんも、素の旅はこうなんだな」と安心しました。
吉川 : とにかく隙間だらけの番組なので、とことん自由に楽しんでいただけたらうれしいです。
杉山 : 「吉川さんはここで降りたんだ」とか。私は「別の所に降りたけど、次に行くときは吉川さんルートにしようかな」とか。「乗り鉄」としては共感も差異もうれしいですよ。「そうそう、あそこ、階段がキツかったよねー」なんてね。
吉川 : 鉄道に乗る旅ですけど、同時に冒険している気分でもありますね。
素人っぽくて疑われることも…
吉川 : 100回以上やって、最近やっとたまに「鉄道ひとり旅ですか」って言ってもらえるようになりました。でもまだまだ撮影していると「大学生ですか」「ユーチューバーの方ですか」って聞かれます (笑)。
杉山 : わはは。でも、番組が始まった当時は個人配信の文化は広まっていなかったし、むしろいまどきらしいエピソードですね。
吉川 : 見た目があまりにもロケっぽくないですからね。ずーっとぶつぶつ言ってますし (笑)。普通ロケって結構人数いますからね。
杉山 : 音声さんがマイクの竿を持ったり、照明さんがレフ板を持ったり。メイクさんとか、いろんな人がついてますもんね。
吉川 : 2人で地味に撮ってるので、お店に行っても「これ本当にテレビで流れるんですか?」って疑われることもあります。
杉山 : 怪しまれてる(笑)。
吉川 : お店の方には「ちゃんと流れます!」と毎回力強く言っています(笑)。(「鉄道ひとり旅」の放送開始から)ただ7年以上やっているので、最近はちびっ子からご年配の方までよくファンレターをいただくんですよ。おばあさまからていねいなお手紙をいただいたり。本当にありがたいことです。
杉山 : きっと、吉川さんが紹介する路線がふるさとなのかも。
吉川 : ああ、そういう方もいらっしゃいます。地元の方から、ひとり旅にきてくれたんですね、とか。
杉山 : うれしいんでしょうね。
吉川 : そんな調子で100回以上も続いて、クラウドファンディングでDVDを作らせていただいて、それも売り切れまして。
杉山 : おめでとうございます。今後はDVDを持って行って、こういう番組ですって言えますね。
「新・鉄道ひとり旅」
10・11月の最新話放送スケジュール
- 10/6(土) 22:00-23:00 #91(初) ~弘南鉄道 編~
- 10/26(金) 24:00-25:00 #91
- 10/20(土) 22:00-23:00 #92(初) ~道南いさりび鉄道 編~
- 10/27(土) 22:00-23:00 #92
- 11/3(土) 22:00-23:00 #93(初) ~野岩鉄道 編~
- 11/10(土) 22:00-23:00 #93
- 11/17(土) 22:00-23:00 #94(初) ~会津鉄道 編~
- 11/24(土) 22:00-23:00 #94
ダーリンハニー吉川正洋さんをはじめ、鉄道好きの著名人が全国の鉄道をぶらりひとり旅する番組。何が起こるかわからない、何も起こらないかもしれない旅人任せの行き当たりばったりな鉄道旅が展開される。「スカパー! 鉄道チャンネル」(Ch.546)などで好評放送中。