本連載の第85回では「リモートワークの導入を成功に導くために最初に考えるべき「問い」とは」と題し、導入する際に予め考えておくべき「問い」についてお伝えしました。今回はリモートワークがうまくいかないときに、その要因が本当にリモートワークのせいなのかと疑ってみることの重要性についてお話します。
一部地域で発出されている緊急事態宣言の効果がようやく現れてきたようですが、感染力の高い新型コロナウイルスの変異種が市中感染している可能性を考えると、陽性者数が減ったからといってすぐに平時のような生活に戻ることはなさそうです。そのため、これからリモートワークを導入しようして四苦八苦している企業も多いでしょう。
その一方、コロナ禍を受けて昨年の内にリモートワークを導入した企業は安泰かというと、必ずしもそうではないようです。様々な問題が明らかになって「リモートワークを一刻も早くやめたい」という企業が一定数あるのではないでしょうか。
確かにリモートワークになってから、現場ではうまくいかないことが数多く起きているかもしれません。
同僚とのやり取りにおいて、面と向かって話せないのでお互いの考えていることがうまく伝わらずにコミュニケーションミスが発生する
部下の仕事ぶりが見えないので勤務時間中にしっかり働いているのか分からなくて不安だけが募る
上司に相談しにくくて困ったことが起きても一人で抱え込んでしまい、解決しないまま時間だけが経過する
リモートワークになってから、このような困りごとが発生して「だからリモートワークはダメなんだ」と思っている方は少なからずいるでしょう。
しかし、ここで一旦立ち止まって冷静に考えてみてください。これらの困りごとは本当にリモートワークのせいなのでしょうか。早速、一つずつ検証してみましょう。
1. コミュニケーションミスはリモートワークのせいなのか
まずはコミュニケーションミスの問題です。「面と向かって話せない」から「お互いの考えていることがうまく伝わらない」と分析しているのですが、これは本当にそう言い切れるのでしょうか。
例えば遠く離れた支社や支店などの社員、あるいは取引先とは対面で話す機会は滅多になく、電話やメールを使うのが大半を占めているということはありませんか。「お互いの考えに齟齬が起きないように必ず対面でやり取りしましょう」という取り決めをしているという人は今の世の中では殆どいないのではないでしょうか。外部の人とのやり取りでさえ困ることがないのに、まして職場の同僚との間だけ「対面でなければならない」というのはおかしな話でしょう。
また、そもそも職場で顔を突き合わせていれば自動的にお互いの考えが分かるというのも眉唾ものです。職場はもとより学校や家庭においてさえ、毎日長時間一緒にいてもお互いの考えが手に取るようにわかると自信を持って言える人はどれだけいるでしょうか。
つまり、コミュニケーションミスをリモートワークのせいにするのは完全にお門違いであり、自分の考えを言語化して相手に伝える努力を怠っているだけなのかもしれません。
2. 部下の仕事が見えなくて不安なのはリモートワークのせいなのか
次は部下の仕事の管理に関する不安の問題です。「部下の仕事ぶりが見えない」から「しっかり働いているかわからない」、そのため「不安が募る」というロジックです。こちらも検証してみましょう。
まずは「部下の仕事ぶりが見えない」から「しっかり働いているかわからない」ということですが、そもそも同じ職場にいたとしても、本当に「部下の仕事ぶり」を把握できるものなのでしょうか。確かに部下が遅い時間まで残って書類を作成していたとしたら、はた目には「しっかり働いている」ように見えるかもしれません。
しかしそもそもその資料は本当に必要なものなのか、そして必要だとしても残業してまで急いで対応する必要のあるものなのか、またはその逆に期日を過ぎてしまっているということはないのか、といった観点から考えると、ただ残業しているからといって「しっかり働いている」とは言い切れないということがわかるでしょう。
さらに、「しっかり働いているかわからない」から「不安が募る」という点についてですが、そもそも「しっかり働いている」かどうかを把握すること自体はリモートワークであるかどうかに関わらず、あまり意味のないことではないかと考えます。
部下が「しっかり働いているかどうか」より大切なことは、本来は「必要な成果やアウトプットを必要なタイミングまでに必要な品質で出せているかどうか」のはずです。部下が仮にリモートワークなのをよいことに普段より長い時間休憩していたとしても、必要な成果やアウトプットを出せていれば何も問題などないはずです。
これらを踏まえると、部下の仕事ぶりが見えなくて不安になることをリモートワークのせいだと断定するより前に、そもそもの自身の管理の仕方を見直した方がよいと考えます。
3. 上司に相談できなくて一人で抱え込んでしまうのはリモートワークのせいなのか
最後に、上司に相談できずに一人で抱え込んでしまって時間だけが経過してしまうという問題です。「上司に相談しにくい」から「一人で抱え込んでしまう」、その結果として「問題が解決しないまま時間が経過する」というロジックです。
まずは「上司に相談しにくい」ということですが、これはリモートワークだからと言い切れるかというと、必ずしもそうではないと考えます。上司が常に忙しくてバタバタしていたり、高圧的な人であったりする場合はリモートワークでなくとも話しかけにくいことはあるでしょう。その一方、上司の様子を観察して適切なタイミングを見計らって相談したいという場合にはリモートワークは不向きだと考えるのには一理あります。
ならば、むしろそれを逆手にとって「リモートワークでは適切なタイミングなど掴めるはずもない」と開き直って必要な時には遠慮なく上司に相談してはいかがでしょうか。万が一、それで上司に煙たがられるようであれば、「では何時頃がご都合、よろしいでしょうか」と聞いてしまえばよいでしょう。
続いて「一人で抱え込んでしまう」ことで「問題が解決しないまま時間が経過する」ということですが、この部分については全くリモートワークとは無関係のはずです。ビジネスパーソンは会社、ひいてはその先の顧客にサービスを提供して対価を頂いている、いわば「ビジネスのプロフェッショナル」なので、サービスの提供を邪魔する問題が生じたら即座に対応するのが筋というものです。
無論、自分の力だけで解決できるならよいですが、そうでないのならば「上司に相談しにくい」などと言ってためらっている場合ではないはずです。そのことについて「リモートワークだからしょうがない」などと問題を放置することは職務怠慢と言わざるを得ないでしょう。
リモートワークに関する問題はここに挙げた3つ以外にも数多くあるでしょう。しかし、それがどのような問題であれ、すぐにリモートワークのせいにするのではなく、問題の本質が何かを突き詰めることが大事なのではないでしょうか。きっと、問題の大半はリモートワークではなく組織的な管理スタイルや文化、慣習、あるいは個人のスキルやマインドなどに起因するものだと気が付くことでしょう。