本連載の第63回では「状況や場所を変えることで個人の差別化が実現できる可能性がある」と題し、同じスキルや経験でも場所を変えることで差別化が実現できる可能性があることをお伝えしました。今回は個人が生み出す価値を増やすには必ずしもスキルを伸ばす必要はない、というお話をします。
リモートワーク化によって働いている様子が周囲から見えにくくなることで個人の仕事の経緯や努力に対する評価が難しくなり、相対的に「価値を出しているかどうか」が個人に厳しく求められるようになってきました。そこで、個人としては仕事を通じて如何に効率的・効果的に価値を出すかが今まで以上に重要になってきています。
ではそのためにあなたは何をしていますか?
と問いかけられたら、どのように答えますか。恐らくは「業務の進め方を見直す」とか「PDCAサイクルを回す」、「単純作業の自動化」など様々な回答が出てくるかと思いますが、きっと「自分のスキルを上げる」と回答される方も多くいらっしゃると推察します。
研修の受講や大学/大学院での学び、OJTでの実践や読書など、個人としてスキルを上げるための方法は多くありますし、先を見据えてこうした自己研鑽に励むことは変化の激しい環境を個人が生き残る上では効果的かもしれません。
その一方、「自分が今持っているスキルを活かして最大限の価値を発揮する方法」について真剣に考えているという話を聞くことはほとんどありません。これではせっかく仕事で役立つ高いスキルを持っていても、そのスキルをフルに活用することができていない恐れがあります。まさに宝の持ち腐れです。
このことはスポーツに例えると分かりやすいのではないでしょうか。例えば競泳の100mバタフライの得意な選手がいたとしても、プールの水温があまりにも高温あるいは低温であれば、そのスキルをフルに生かすことは難しいのではないでしょうか。また、競泳用水着ではなく普段着の着衣の状態であれば極端にタイムが落ちるであろうことは容易に想像ができます。プールの水温を競泳に適した25℃~28℃に保つとともに競泳用水着を着ることは最高のタイムを上げるのに必要な条件でしょう。
これと同じことはオフィスワークにも当てはまるはずです。物事の本質を深く追求して問題の解決策を導くのが得意な人は、そのスキルを発揮するために深く集中する必要があるかもしれません。ところがその人が働いているオフィスが、顧客や他部署からひっきりなしに問合せの電話がかかってきたり部下や同僚から度々話しかけられたりするような環境であったらどうでしょうか。きっと深く集中する時間を持てず、高度な思考力を発揮して問題解決という価値を提供することができなくなってしまうのではないでしょうか。
また、会社の既存事業に捉われず、新たな収益の話となる新規事業を創出するために人材を募集し、誰も思いつかないような独創的なアイディアを次から次へと提供してくれる人を見事採用できたとします。ところが採用後、その人の配属先では「決められたことを決められた通りに正確に遂行する」仕事が多く、せっかく入社したその人は定型的な仕事に追われて独創的なアイディアを出すどころではなくなってしまった、ということもありえます。
ここで挙げた2つの例においては、たとえ問題解決のための思考力や独創的なアイディアの創出といったスキル自体を今以上に伸ばしたところで、この人達が提供できる価値を今以上に増やし、成果を上げることは残念ながら期待できないでしょう。この2人に必要なのは「スキルを伸ばすこと」ではなく「スキルを存分に発揮できる環境を整えること」なのですから。
「新しいスキルを身に着けなければならない」とか「既存のスキルを伸ばさなければならない」という考えに捉われず、「既に持っているスキルを最大限に活かすためにはどうしたらよいか」という視点を持って、ご自身や職場の仲間を取り巻く環境をよく観察してみてください。きっと、自分自身やその人に合った環境を整えてあげることで成果を向上させることができるでしょう。