本連載の第58回では「仕事を楽しめば成果は後からついてくる」と題し、仕事を楽しむことで成果を上げる4つの理由についてお話しました。今回は自分の得意なことに注力することの意義をお伝えします。
突然ですが、あなたの得意なことは何でしょうか。見知らぬ人とも気兼ねなく話せること、他人の心情を察して共感すること、緻密で複雑な計算をこなすこと、大局的な見地から戦略を練ること、美しい文章を書くこと、など得意なことは人によって千差万別でしょう。また、2個3個、あるいはもっと多くの得意なことを挙げられる方もいらっしゃるかと思います。
では次の質問です。あなたは仕事で自分の得意なことに注力できていますか?
この質問にYesと回答された方は、きっと仕事がうまくいっているのではないでしょうか。Noと回答された方の中には、自分が納得できる成果を上げられていないという方も多いのではないかとお察しします。
得意なことを伸ばすより苦手なことを克服しようとする人が多いのはなぜか
これから先の時代は得意なことに注力している人の方が相対的に活躍できる時代がやってくると筆者は確信しています。その一方で「苦手なことを克服すること」に全力を尽くそうとする人は世の中に大勢いるようです。
恐らくそれは日本の伝統的な学校教育、特にテストと内申点、入試が要因ではないかと推察します。というのも、学校では国語、英語、数学、理科、社会の5教科ないし音楽、美術、保健体育、技術・家庭を加えた9教科のテストの合計点が高いほど内申点も高く、内申点が高いほど、あるいは5教科の偏差値が高いほど俗に言う「良い学校」に行けるというシステムに起因します。
そもそも「良い学校」=「偏差値の高い学校」という一般的な前提自体にも問題があるように思いますが、それに加えて「良い学校」に入学したければ、基本的には5教科ないし9教科のテストで満遍なく点数を取る必要があるという仕組みによって、「苦手なことは克服しなければならない」という思い込みを過度に子どもたちに植え付けているのではないかということを懸念しています。
例えば、子どもが5教科のテストを受けた結果、国語75点、英語70点、数学100点、理科80点、社会60点だったとします。多くの親は合計点を伸ばすために、勉強時間の配分を多い順から社会→英語→国語→理科→数学と割り振るのではないでしょうか。
つまり、最も苦手な社会の勉強を重視する一方、数学は既に100点を取っているので現状維持でよく、最低限の時間で十分だという考え方です。これは確かに「5教科の合計点」を最大限上げるためには合理的な考えです。しかし、この子どもの得意な「数学」の能力をさらに伸ばしてあげるには逆効果でしかないでしょう。
もちろん、筆者も最近の学校の中には子どもたちの得意なことを伸ばそうという教育方針を貫いているところがあることも承知の上です。しかし我々社会人の中には「苦手なことは克服すべき」という考えを根強く持っている人が多く、それは学校教育によるところが大きいのではないかということでお話しました。
苦手の克服に注力すべきでない4つの理由とは
さて、ではそもそも得意なことではなく、苦手なことを克服するのに注力することの何が良くないのでしょうか。これについては個人レベルと組織レベルの理由があります。
まず個人レベルの理由としては3つ考えられます。1つ目は「苦手なことはモチベーションが上がりにくい」ということです。得意なことであれば、人より少ない労力で人より上手くできるので成果が上がるでしょう。また、得意なことはやっていて苦にならないことが多いのではないでしょうか。
翻って苦手なことは、その定義の通り上手くできないので失敗がつきものです。そして何度やっても人より上手くできないというのは苦痛を伴うものです。これではモチベーションを上げろという方が酷だと言わざるを得ません。
2つ目は「苦手なことを克服するのはエネルギー効率が悪い」ということです。得意なことはやっていて苦になりにくいので、その力をさらに伸ばすために必要なエネルギーは他の人より遥かに少なくて済むでしょう。
その一方、苦手なことはそもそもモチベーションが上がりにくく、ただこなすだけでも他の人より遥かに多くのエネルギーを費やすことになります。そして多大なエネルギーを投じて苦労しても、せいぜい可もなく不可もないレベルかそれに毛が生えた程度にしか上達しないでしょう。これではあまりにもエネルギー効率が悪過ぎます。
3つ目は「苦手なことを克服できても平均的な人材になるだけ」ということです。多大な労力を費やした結果、なんとか苦手なことの殆どを克服できたとしましょう。それを達成するのには並大抵の努力では済まされないので賞賛に値します。
しかしその結果、「何をやらせてもそこそこできる」という状態になります。実はこの状態は、個人のブランディングにおいて由々しき事態といえます。人から「あなたは何が得意ですか?」と聞かれて「何でもそこそこできます」と回答する人は残念ながら記憶に残りにくいですし、市場価値も上がりにくいでしょう。それよりは「交渉事ならお任せください」とか「多くの人を惹きつける文章を書けます」というような尖ったものを持っている人の方が重宝されるということです。
加えて組織レベルの理由ですが、これは偏に会社という組織では「各々の社員の強みを活かして価値を提供する」ことが求められることに他なりません。初対面でも物怖じせずに堂々と話せる人は外回りの営業に向いているでしょうが、その同じ人が一人で黙々と作業する事務作業でポテンシャルを発揮できるかというと、そうではないことが多いでしょう。もちろん、その逆もまた然りです。各々の社員が自分の強みを基に仕事をするからこそ、会社全体として顧客に最大限の価値を提供できるのです。
さて、本稿では苦手なことの克服のために労力を費やすよりも得意なことに注力する方がよい理由をお伝えしました。但し、だからといって「如何なる場合においても苦手なことの克服には全く意味がない」というわけではないということを念のため捕捉しておきます。それは、苦手なことを克服することで得意なことに注力できるようになる場合なども考えられるからです。
いずれにせよ、最終的には得意なことを活かせるようにすることが重要なので、まずはご自身の得意なことに注力することから始めてみませんか。