本連載の第55回では「アフターコロナでは完全自前主義からの脱却が生き残るためのカギになる」と題し、なんでも自社内で賄おうとするよりも社外とのコラボレーションを選択する方が変化に適応しやすいとお伝えしました。今回はそれを踏まえて、個人として社外の人との繫がりを作ることの重要性についてお話します。
自分の業界から遠い人との繫がりを持とう
新型コロナウイルスの感染拡大によって出された緊急事態宣言が解除されて以降、経済活動の段階的な再開に伴ってじわじわと感染者数が増加傾向にある中、オフラインでの様々なイベントやセミナー、大人数での飲み会など、人と人の活発な交流はまだ以前のような活発な水準には至っていないようです。
その一方、多くの企業や個人が半ば強制的にリモートワークを経験させられたことによってオンラインでのWeb会議システムの使い方を覚えるとともに、オンラインでのコミュニケーションに対する抵抗感が一気に薄れたのではないでしょうか。
以前であれば人と会うのに約束場所までの行き帰りの移動時間と手間を考慮して躊躇していたという人でも、オンラインであればどちらも省くことができるのでむしろ人と話し易くなったと感じている人は少なくないでしょう。そこで、この機会に乗じてご自身の会社や業界とは異なる人達との繫がりを作ってみてはいかがでしょうか。
離れた人と繫がることのメリット
知らない人と繫がるというのは多くの人にとってエネルギーを使うことだと思います。特に人見知りの性格であれば、極力知らない人と関わるのを避けようと思うのも無理はありません。しかし、見方を変えると「多くの人が敬遠するからこそ、そこに希少価値が生まれる」と捉えることもできるのではないでしょうか。大多数の人が好んで行うことであれば、あなたがそれに追随しても残念ながら差別化に繫がりませんが、その逆を行けば差別化を実現できる可能性があるのです。
さて、知らない人と繫がるメリットについて考えたいと思います。といっても当然ですが単に知らない人であれば誰でも良いというわけではありません。部署内より他部署、社内より社外、業界内より業界外、つまり自分が今所属しているところから離れている人と知り合うことが大事です。
自分の所属する組織から離れている人と繫がるメリットは「自分自身や会社、業界の常識にとらわれない斬新なアイディアや情報を収集しやすくなる」ことにあります。同じ会社や、同じ業界に所属している自分と近しい属性を持つ人との関わりしか持っていないと、幾らブレインストーミングやディスカッションをして自由闊達に意見を交わしても、近しい思考パターンの参加者だけでは斬新なアイディアを生むことは難しいでしょう。
翻って、自分の所属する世界とは別世界で生きる人の発信する情報を受け取ったり、意見をもらったり、時には議論したりするとそれまで全く考えもつかなかったようなモノの見方や解釈の仕方に驚かされることがあります。
例えば、自社で商品を作って取引先の業者に卸しているという会社の人が、店舗を持たずにオンラインで商売をしている人と出会って話をすると、自社でもオンラインでダイレクトに顧客に売れないかと考えてみるきっかけになるかもしれません。また、自社で開発したアプリケーションをクラウドサービスとして月額課金型でビジネスを行っている人と話をすると、そこから自社の商品についてもこれまでの売り切り型からレンタルをベースとしたサブスクリプションモデルにしたらどうだろう、というような発想が生まれるかもしれません。
無論、ここで挙げたような発想が必ずしもうまくいくとは限りませんが、長きに渡って蓄積されてきた業界内の慣習や思考の殻を破って差別化を図る上では、他の業界での取り組みやビジネスモデルなどの情報や、そこでの経験談などがきっと役に立つはずです。
必ずしも繫がりを強くする必要はない
ここまで知らない人、できれば自分から遠い世界にいる人との繫がりを作ることを推奨し、そのメリットをお伝えしましたが、ここからはその繫がりの1つ1つを必ずしも強くする必要はないというお話をします。
このような話をすると一体どういうことかと戸惑う方もいるかもしれません。せっかく苦労して新しい人との関係性が出来たのだから、その繫がりを強くしてビジネスパートナー、もしくは社会人仲間として関係を発展させた方が良いのではないかと考える方は少なくないでしょう。
もちろん、知り合った人との交流を深めて繫がりを強くすることは悪いことではありませんし、そこから気軽に仕事上の相談相手になってくれる仲間に発展することもあるでしょう。
しかしその一方で新しく知り合った人と緩く繫がったままの状態から得られるメリットがあります。それは弱い繫がりの強さ理論(strength of weak ties theory)という経営理論で説明されています。紙面の都合上、詳細は割愛しますが同理論によれば、強い繫がりよりも弱い繫がりの方が「多くの情報が」「広範囲に」「速く」伝播するというのです。
そのため、弱い繫がりを構築することでこの特性を活かすことができれば、社内や業界内の常識とかけ離れた(自分たちにとっては)新しい情報を獲得しやすくなり、自らの視野を拡げたり、組織レベルでの革新的なビジネスモデルを考えたりする上で有利になります。
つまり、弱い繫がりを沢山作り、維持することでイノベーションを起こす確率を飛躍的に上げることができるのではないか、ということです。とはいえ言うまでもなく、弱い繫がりを作りさえすればイノベーションを必ず起こせると確約することはできませんが、自分自身の思考の制約を取り払って柔軟な考え方ができるようになるのには寄与すると考えられます。
さて、弱い繫がりについてのメリットはお伝えしましたが、もちろん強い繫がりにも異なるメリットがあります。強い繫がりからの情報伝播は相対的に効率が悪いですが、その代わりにアイディアを深堀りしたり、計画に落とし込んだり、それを実行したりする際には欠かすことができません。抱えている課題について侃々諤々の議論を行ったり、役割分担して連携しながら動いたりする上では付き合いの浅い知り合いよりも親密な関係の人の方が頼りになるということですね。
本稿では自分の属する世界から遠い持つ人と弱い繫がりを持つことが自分自身や組織に新しい発想やイノベーションをもたらす可能性があることをお伝えしました。この不確実な世界を生き抜くためにも是非、実践していただけると幸いです。