本連載の第54回では「アフターコロナの社会で完璧主義は通用しないと心得よう」と題し、完璧主義にこだわってしまうとアフターコロナで加速する変化についていけない理由をお伝えしました。今回もアフターコロナの変化に着目し、なんでも自前でやろうとすることの弊害と対策についてお話します。
会社が成長していくと、その規模に合わせてさまざまな機能が必要になります。営業、製造、生産管理、購買、物流、経理、総務、人事、法務、広報など、業界・業種ごとに異なる機能と共通の機能がありますが、いずれにせよ企業の成長に応じて人を採用してそれらの機能を担当する部署が作られていくのが一般的です。
さらに、戦略や環境の変化に応じて必要な機能を獲得するために新たに人を採用したり、場合によっては自社の社員をトレーニングしたりして必要な機能を賄えるようにスキルを身につけさせることも日常的に行われています。
完全自前主義では変化に追いつけなくなる
変化のスピードが比較的遅ければ、人の採用やトレーニングによって社員の能力を開発することで新たな機能を追加・強化して変化に十分対応できるかもしれません。事実、顧客サービスの観点から社内ですべてのサービスを賄う「ワンストップサービス」を売りにしている企業も多々あります。
しかし変化のスピードが加速し、変化の方向が安定しない世界ではどうでしょうか。変化に適応するために社内で人を育てて必要な機能を果たせるようになるには、領域にもよりますが数カ月、あるいは数年かかる場合もあるでしょう。その場合、新しいスキルを身につける前に会社を辞められてしまえばスタート地点に逆戻りですし、そうでなくともスキルを獲得した頃には既に陳腐化している可能性もあります。
それを踏まえると、必要なスキルを既に持っている人材を採用する方がよりスピーディーに変化に適応できそうです。しかしそれもまた一筋縄ではいきません。変化のインパクトが大きいものであれば多くの企業がこぞって欲しがることになり、必要な人材の獲得競争は激しさを増すことになるでしょう。
さらに、うまく採用できたとしても自社の文化や評価制度との親和性が高くなければ定着しませんし、採用した人材に存分に活躍してもらうために社内のルールや組織、業務プロセス、システムや機材、オフィスなども随時アップデートしなければならないということもあり得るでしょう。
すべての機能を自前で行う完全自前主義を貫こうとすると既存社員をトレーニングするにせよ新たに人を採用するにせよ、変化の激しい環境において競争力を保つことは困難だと考えられます。
これからの時代は外部とのコラボレーションが求められる
では、社員のトレーニングや採用でもついていけない変化にどう対応したらよいのでしょうか。それは簡単なことで、完全自前主義を捨てて外部のリソースをうまく活用すればよいのです。
変化に適応するために無理して自社で新しい機能を強化しようとするよりも、既にその機能を持って活用している会社や、場合によってはフリーランスの個人の力を借りた方が圧倒的に早く、かつ高い品質でサービスを受けられるでしょう。
こういう話をすると「確かに他の企業の力を借りた方が早いかもしれないが、自社で賄うより費用がかかるだろう」と反論される方もいるかもしれません。確かに自社のリソースを活用すればタダで済むのに、スピードが上がるとはいえ外部に頼ると費用がかさむと考えるのも無理はありません。しかし、本当にそうでしょうか。
それでは思考実験してみましょう。今年発生した環境変化に応じるために、ある機能が必要になったとします。自社が持ち合わせていないその機能を他社のサービスで補うには月額300万円かかりますが、変化に迅速に適応することで月商が1,000万円増えるとします。つまり、毎月700万円の利益が増えるということです。
一方、この企業が同じ状況において自社の平均年収500万円の社員3名を半年間、トレーニングしてスキルを身につけさせるという選択をした場合も考えてみます。なお、トレーニングの所要期間は半年間で、外部講師料が3人分で月額60万円かかるとします。
そうするとトレーニング開始からの半年間は社員の人件費と外部講師料の合計で月額185万円のマイナスが発生し、それ以降は3名の社員の給料125万円がかかりますが、同時に月商も1,000万円増えることで毎月875万円の利益が増えることになります。
このケースにおいて社員のスキルトレーニング終了後の収支に着目すると、自社で社員トレーニングをした方が他社サービスで補うよりも単月では175万円安く済むので、やはり自社内で完結させた方が魅力的に映るかもしれません。
しかしそこには落とし穴があります。利益を累計で考えてみるとトレーニングでは変化への対応が半年間遅れることで累計では半年後に1,110万円の赤字になる一方、他社サービスでは同じ半年後に4,200万円の黒字になります。
その後は両者のアプローチの差分が徐々に縮められていきますが、社内のトレーニングによる累計利益額が他社サービス利用を抜くには37カ月間、つまり約3年間も要することになります。また、このケースではトレーニング開始から半年間の時点で累計で1,110万円のマイナスが生じる一方、他社サービス利用では4,200万円のプラスになる点もキャッシュフローの観点から考慮に入れるべきでしょう。
ここで挙げたケースはあくまでも仮定のものなので現実はこれほど単純ではないでしょうが、金銭面一つとってもこのようにシミュレーションしたうえで、どちらがより効果的かを比較することが重要ではないでしょうか。それをせずに「外部に依頼するより社内のリソースを活用した方が安いから」と安直に結論を出すことは避けた方が良さそうです。
日本を代表する有名企業においても、激しい変化の潮流に自社単体で立ち向かうのは困難だと判断し、多くのベンチャー企業などとコラボレーションするケースが増えてきました。もう完全自前主義にこだわっている場合ではありません。変化に合わせて、お互いの強みを活かすパートナーシップを柔軟に構築・更新していける企業がますます活躍できるのではないでしょうか。