本連載の第52回では「アフターコロナに向けたデジタル化の取り組みで気を付けるべきこと」と題し、業務のデジタル化を推進する際に陥りがちな罠と予防策をお伝えしました。今回はアフターコロナの社会がどうなるかを予測して、そこから業務をどう設計するかを考えることの重要性についてお話します。
新型コロナウイルス感染症の蔓延と、それに伴う国家緊急事態宣言の発出および政府からの出社人数抑制に応じ、多くの企業がテレワークを導入しました。その後、多数の企業の協力の甲斐あって感染者数が減少し、宣言が解除されると徐々にオフィス街の人手が戻ってきました。
宣言下で全社員をテレワークにした企業の中には「やってみたら意外とテレワークでも問題が起きないばかりか、却って生産性が上がった」というところもあり、オフィスの賃貸契約を解約してフルリモートに切り替えたという企業も増えてきています。都心の一等地に居を構えていた企業であれば、フルリモートへの移行で多額の賃料が浮いて経営効率の大幅な向上が見込めるでしょう。
その一方、宣言解除とともにテレワークをやめて全社員が何事もなかったかのようにオフィスに戻っている企業もあるようです。もちろん企業の業界や業種、社員の職種によってもテレワークへの向き不向きはあると思いますが、単に目先の変化に受け身で対応する企業と中長期的な視点を持って先手を打って対応する企業の間で競争力に差が付くことは、火を見るよりも明らかです。
場当たり的な対応の弊害とは
目先の状況変化の波に身をゆだねて受け身の姿勢で対応することで唐突に発生する危機を乗り越えることはできるかもしれません。それは自動車で幹線道路を運転中、脇道から目の前に自転車が飛び出してきたときに咄嗟に急ブレーキをかけて直前で衝突を回避するようなものです。
しかしいくら反応速度が速くて危機回避をうまくできたとしても、それだけに頼っていては衝突する確率は下がりません。だからといって慎重に運転しようとして速度を落とせば目的地までの所要時間が延びてしまいます。つまり、眼前の危機だけにとらわれていては全く進歩しないということです。
それに対して自転車の飛び出しが多いポイントを特定し、予めその場所を通らないルートを選んで走行するようにしたり、衝突防止装置を取り付けたりすれば自転車との衝突事故の発生確率を下げることができるでしょう。それは自動車を運転する前から危険を予期し、事前に対策を打つことで危険を未然に回避する策と言えます。
目先の変化や危機にとらわれて表面的・条件反射的な対応を取ることも短期的には重要かもしれませんが、それらの変化や危機を事前に予測して対応できればベターですし、さらにはその先の世の中の大きな流れを読んで、その流れにうまく乗れれば自社の競争力強化に寄与するはずです。
それとは逆に短期的な課題にとらわれて場当たり的な対応を繰り返すだけでは、長期的な視点で流れを掴んで対応する企業に後からでは容易に追いつけない差をつけられることになるでしょう。
テレワークの文脈一つ取ってみても、単に喫緊の「コロナ対応」の一つとして仕方なく導入した企業と、長期的視点に立って自社の人材戦略の要としてとらえて「優秀だが諸事情で地方から都心に出てこられない人材」や「豊富な経験があり、スキルも高いが家庭の事情で出社が難しい人材」、「オフラインでのコミュニケーションは苦手だがオンラインでなら実力を存分に発揮できる人材」を採用してリソースを強化するためにテレワークを活用しよう、と考えている企業では、その後の競争力への効果に雲泥の差が付くでしょう。もちろん、後者が思惑通りうまく採用できることが前提なのは言うまでもありません。
逆算による仕事の再設計
では長期的な視点に立って仕事を再設計するにはどうしたらよいのでしょうか。そのためには「先にゴールを見据えて、そこに至るための道筋を考える」逆算思考が役に立ちます。
これから世の中で起こるであろう変化を予測し、その変化が周囲の環境や自社に与える影響を分析し、その影響を受けても生き残るために自社や自部門があるべき姿を再定義します。そしてあるべき姿と現状のギャップを明確にし、そのギャップを埋めるための打ち手を考えるというのが一般的な逆算思考による流れです。ここで重要なのは、あくまでも起点が未来であり、現状ではないということです。
例えば今、部署間での情報伝達ミスによる社内手続きの差し戻しの手間が問題になっていたとします。一般的な改善の取り組みでは情報伝達ミスの発生状況を調査し、情報伝達経路別、情報種類別、情報伝達タイミング別、伝達ミスの内容別、などの異なる切り口でミスの発生頻度や影響度を分析し、特に発生頻度や影響度が大きいものにターゲットを絞り、発生原因を深堀りして特定し、原因を取り除くための情報伝達プロセスやルールの変更、情報入力フォーマットの見直しなどを行います。
このようなアプローチは今まさに起きている問題への対応としては有効ですが、残念ながら今後起こるであろう変化に備えるのには向いていません。情報伝達の仕組みを例に挙げると、仮に世の中の変化にグループ会社間での連携強化で対応することが想定されるとすると、社内手続きについても今の仕組みをベースにミスの発生を抑える改善をしたところで徒労に終わるかもしれません。
それよりはグループ会社間での社内手続きの標準化と集約化を目指し、まずは共通の社内手続きの統一方針を明示した上で業務プロセスフローやルールの将来像を描きます。それを基に各グループ会社の手続きを調査してギャップを洗い出し、あるべき姿に移行するための打ち手と実行計画を立てるというような流れにすべきでしょう。
ここでも重要なのは「逆算思考」であり、将来像から先に考えることです。なぜなら「逆算思考」に反して進めようとすると先に各社の手続きを調査することになりますが、そうすると各社の手続きの業務プロセスやルール、フォーマットなどをすべて加味した複雑なものができあがってしまい、会社間の連携強化どころかミスの発生件数や処理時間の増加を招くことが想定されるからです。
過去からの延長線上で物事をとらえていてはアフターコロナの社会を生き残るのが難しいのではないかと考えます。それゆえ変化を予測し、変化による自社への影響をとらえ、それを踏まえて生き残るための将来像を描き、現状とのギャップを浮き彫りにして打ち手を考える、「逆算思考」での仕事の再設計が必要です。皆様が未曽有の変化の波を乗り越えるために少しでも参考になれば幸いです。