本連載の第48回では「テレワークは社員の個人事業主的な働き方を加速させる」と題し、テレワークによって社内外の壁が低くなることで個人事業主的な働き方に近くなるとお伝えしました。本稿ではテレワークへの移行を余儀なくされた原因である新型コロナウイルスの蔓延によって、テレワークへの移行の他にも働く環境が大きく変わるのではないかというお話をします。

日本国内の新型コロナウイルスの感染者数は本稿執筆時点において減少傾向が続いており、39県が緊急事態宣言の対象から外されることが決まりました。しかし国内で落ち着きつつある一方、世界全体の感染者数は増加の一途をたどっており、特に新興国では感染爆発も懸念されています。

各国でワクチンの開発が急ピッチで進められていますが、有効性が確認されたワクチンが出回るまでには時間がかかりそうです。また、日本国内で鎮静化しても海外から再度入ってくる懸念は当面の間払拭できません。さらには新型コロナウイルスが収まったとしても今後、他の感染症が同じように世界中に蔓延することも大いに考えられます。そのため今回の件を受けて、世界中で感染症への防疫体制を整えることが大地震やスーパー台風などの自然災害と並んで国を守る最優先課題として扱われることが予想されます。

これらのことを前提とすると、今後はこうした災害や感染症などの発生時にも命と健康を守りながら対応できる体制を構築しておくことが求められるのではないでしょうか。そしてそれは政府や自治体だけではなく民間企業や個人も同様です。そのための備えを考慮する上でのキーワードは「分散型」です。

分散型のワークロケーション

この数カ月の間に多くの企業がテレワークを導入しました。あまり準備に時間をかけられなかったところでは通信環境や、VPN(仮想専用線)などのセキュリティーに関するインフラが万全の状態でなかったり、社内のルールや勤怠管理が整っていなかったり、テレワークをベースとした教育が間に合わなかったりといった問題が発生したのではないでしょうか。

そのため当初は混乱が生じて業務の生産性が大きく落ちてしまったり、Web会議への参加の仕方がわからずに戸惑ったりといった問題が起きてフラストレーションが溜まったという話も耳にします。

しかしその一方で、「やってみたら意外とできた」とか「思っていたより便利なのではないか」という声も上がっているのは事実です。そもそも出勤にかかっていた時間がゼロになったことに加え、取引先とのやり取りもWeb会議ですませられるようになって移動時間が減ったとか、これまでダラダラやっていた会議が短時間ですむようになったなどの効果が認められつつあるのです。

そもそも新型コロナウイルスが広まる前から日本全体で進めようとしていた働き方改革の手段の一つがテレワークであり、今回の危機が期せずしてそれを強力に進めるドライバーになったということなので、多少の揺り戻しはあったとしても中長期的にはますますテレワークが日本社会に浸透していくことが予想されます。

そしてテレワークが浸透するということは、少なくとも仕事の面では毎日会社に通える距離に住む必要がなくなるので東京や大阪、名古屋などの大都市にいなくても仕事ができるということになります。むしろ今回の新型コロナウイルスのような感染症が今後も発生する可能性に着目すれば、人口密度が高い大都市よりも地方の方が、リスクが低いと考えられます。

つまり、働く場所はオフィスから自宅、場合によっては共有のワークスペース、もしくはカフェなど自分のライフスタイルに合わせて自由に選べるようになるだけでなく、「都心から地方へ」という流れが起きるのではないかということです。そして全国各地にいる人たち、場合によっては海外の人たちともこれまで以上に自然にコラボしながら働く世界に近づくと考えられます。

分散型のコラボレーション

今回の新型コロナウイルスや、それに続く感染症への備えを進む上で、世間ではあまり語られていないように思いますが仕事の分散化も進むのではないかと読んでいます。仕事の分散化とは、ここでは「部署内、または社内に閉じていた仕事を部署外、または社外に一部任せたり共に協力して進めたりするようになること」と定義します。

仕事の分散化が進む理由として考えられるものは2つあります。ひとつは先ほども挙げたテレワークであり、もうひとつは社会の急な変化そのものです。1つ目のテレワークについては場所の制約が取り払われることで、もはや同じオフィスにいるかどうかは重要ではなくなり、異なる部署や社外の組織や人との距離が相対的に近くなることに起因します。部署外、社外の人と顔を見ながら話す際に時間と労力、費用の3つの側面において部署内、社内の人と話すのと全く変わらなくなりました。そのため、これまで以上にはるかに容易にコラボができる環境が整いつつあります。

次に社会の急な変化についてですが、今回のようなインパクトが大きく、かつ突然発生するような危機に遭遇した際には自社が持っている過去の経験・知見・スキルを総動員しても乗りきることが難しい場合が考えられます。こうした事態に対処するには適宜、社外の人が持つ様々な経験・知見・スキルを有効活用することが必要になるでしょう。

また、今回の新型コロナウイルスや今後発生するかもしれないその他の感染症、ならびに自然災害などの危機に備えるためだけではなく、社会を大きく変えるようなテクノロジーの登場によって業界の常識が覆るような局面などにおいても、やはり自社の社員だけで対応するのは難しく、社外とのコラボが必要になる場面は増えてくるものと考えます。

そして社外とのコラボにおいては必要な人が必要な期間、集まって仕事をする「プロジェクト型」の進め方が主流になると考えられます。さらに大きいプロジェクトであればフェーズに応じて途中で新しい人が参画したり、逆に離脱したりといったことが当然のように行われます。そうするともはや社内の肩書は意味をなさず、「この人は何ができるのか」「この人は何を成し遂げてきたのか」という能力と成果だけで評価されるようになるでしょう。

ここまで見てきたように、新型コロナウイルスの影響は単にテレワークが普及したということに留まりません。それは元々じわじわと進められていた「分散型のワークロケーション」と「分散型のコラボレーション」と呼べる働き方の変革を加速しているのです。こうした動きを恐れず、むしろチャンスと捉えて動くことができる組織や個人が今後活躍するのではないかと思います。