本連載の第27回では「生産性の上げ方、わかっているフリしていませんか?」と題し、仕事の生産性とは何か、およびその向上の考え方についてお伝えしました。本稿では生産性を含めた業務改善の際に現状を可視化することの意義と、可視化の考え方についてお話します。
全社、あるいは特定の部署の仕事の効率化に着手する際、どのように対応されているでしょうか。よくあるのは「改善コンテスト」と称して社員から改善アイディアを募集して集まったものを評価して、皆が良さそうだと思ったものを採用するという取り組みです。
しかし、採用したアイディアを実行することによってどれだけの効果が上がったのかを把握している企業は少ないのではないでしょうか。また、それ以前にその改善施策が本当に優先度が高いものだったと言えるのでしょうか。あえて厳しい言い方をしますが、内心ではこうした疑問を抱えながらも、「何か改善しなければ」という焦りやプレッシャーから改善コンテストを開催して「やってる感」だけ出しているケースもあるのではないでしょうか。
現状を無視することのリスクとは
業務プロセスが明確に定義されていなかったり、定義されていても実態と乖離していたりすることはないでしょうか。改善しようとする業務の実態がわからないまま改善案を適用しようとする試みの多くは、残念ながらうまくいくことは稀でしょう。それは内科医が病気の要因を追究せずに「頭痛がする」などの患者の表面的な症状だけを聞いて薬を処方するのに等しく、効果が出ないだけならまだしも思わぬ副作用を招いてしまうことすらありえます。
業務の効率化を目指し、現状では紙の資料を使って行っている業務を電子化するケースを考えてみましょう。紙の資料を誰が何のためにどのタイミングで作成し、共有し、保管し、破棄しているのかという一連の業務の流れをよく調べもせずに、「これを導入すると情報が電子化されて業務効率が劇的に上がるらしい」という話だけでシステムを導入してしまうのは大変危険です。
このようなケースでは多くの場合、運用開始後に業務の実態との齟齬が発覚して、せっかく高額の費用をかけて導入したシステムのごく一部の機能しか使えなかったり、さらには紙の資料と電子データが混在した状態になったりして、却って業務効率が落ちてしまうという恐れも生じます。
また、よく聞くのは一流企業の「ベストプラクティス」と呼ばれるような高度な業務プロセスやそれに使うシステムなどのインフラを自社に導入しようとする際に、「どうせ既存の業務をスクラップアンドビルドでゼロの状態からベストプラクティスに合わせて作り変えるのだから現状の業務を知る必要は全くない」という論理で、現状の把握を行わずに無批判でベストプラクティスなるものを取り入れるケースです。
しかしながら、広く世間に公表されているベストプラクティスとは、それを確立した企業を取り巻く環境や商習慣、組織構造、社風、業務プロセスや社員のスキルなどを土台として成り立っており、しかも試行錯誤の末に漸く機能したものであることが多いのではないでしょうか。
そのことを無視して、単にでき上がったものを表面的に真似するだけでは大抵の場合、どこかの歯車が噛み合わずに思ったような効果が出なかったり、想定外の深刻な事態に及んでしまったりするでしょう。こうした問題は決してベストプラクティスそのものに欠陥があったのではなく、自社の現状業務の特性を無視したことに起因すると言えます。
目的に応じた業務の可視化とは
それでは早速、業務の改善に向けてまずは現状の業務を可視化しましょう。と言いたいところですが、そもそも「業務の可視化」とは具体的には何をすればよいのでしょうか。実は一口に「業務の可視化」といってもさまざまな切り口が考えられます。
作業手順、実施体制と管理体制、使用するツールやシステム、意思決定の判断基準などの定性的な情報に加え、案件数、工数、リードタイム、ミスの発生件数などの定量的な情報もあります。とはいえ、必ずしもそれらをすべて可視化する必要はありませんし、やろうとしても膨大な工数がかかるのでお勧めしません。
重要なのは目的に合った改善を進めることであり、それを実現するにあたり不可欠な要素を特定したうえで可視化することです。例えば「業務量の増加に伴う残業時間の膨張」という問題に対応したいというのであれば、単に出退勤の時刻データを社員に突き付けて「早く帰りなさい」と言ったところで、もし「仕事が多過ぎてとても定時には終わりません。残業は仕方がないんです」と反論されてしまったらそれ以上の対応は難しいでしょう。
それならば、一日の業務を構成する活動および、各活動の所要時間のデータを調査し、集計・分析することで一日の勤務時間の内、「何にどれだけの時間を割いているのか」を把握し、同じ仕事をもっと迅速にこなしている社員のデータと突き合わせることで非効率な進め方をしている可能性のある活動を特定し、改善につなげることができるかもしれません。
なおこの場合は当該活動の「実施回数」もセットで可視化することで、業務量が多い理由が「1回あたりの時間」にあるのか、その活動の「実施回数」にあるのかを把握し、より精緻な分析を行えます。
一方で「クライアントから依頼された案件の納期遅延」という問題に取り組みたいというのであれば、先ほど同様に業務量を可視化したところで改善は見込めないでしょう。このケースでは二段階での可視化が効果的と考えられます。
第一段階では「どういう種類の案件が納期遅延を起こしているのか」という情報を特定します。そこで、遅延を起こしている案件の特性を把握するために全案件数を顧客別、案件種別、規模別、対応チーム別、時期別などさまざまな切り口で分析し、結果を可視化します。大抵の場合は遅延が多く発生している案件パターンが傾向として見えてくるはずです。
その上で、第二段階では遅延が頻発する案件パターンを対象に、案件の依頼を受け付けてから納品するまでのリードタイムおよび、その増減に影響する要素を特定し、可視化します。一般的には業務プロセスフロー(仕事の流れ)および、各々のプロセスにかかる時間やプロセス間の待ち時間、手戻り率(各プロセスでやり直しが発生する確率)を特定し、どの部分でリードタイムのロスが多く発生しているのかを明らかにします。そこまでいけば、あとは当該プロセスの時間的ロスの発生要因を追究して適切な対応を取れば、遅延をなくすことができるでしょう。
本稿では業務効率向上などの改善を行う際に業務の可視化を行うことの意義と、可視化の考え方についてお伝えしました。無論、可視化しただけでは何も変わらないのですが、業務改善に取り組む際の第一歩として可視化は非常に重要なプロセスです。自社での働き方改革や生産性向上などの取り組みの際にご参考にしていただければ幸いです。