本連載の第146回では「今後のキャリを見据えて今のうちにやっておきたい「3つの棚卸し」とは」と題し、新年度への移行を見据えて3月中にやっておきたいことをお伝えしました。今回は職場に新入社員や他部署から異動してくる社員とのコミュニケーションを円滑に行うためのポイントについてお話します。
「例の書類、急ぎで処理しておいてください」
このように仕事の依頼をする人は職場にいませんか。長年共に働いて来た同僚の間であれば阿吽の呼吸で伝えたいことが伝わるかもしれません。しかし、この春に入社したばかりの新入社員は言うまでもなく、他の会社からの転職者や他部署から異動してきた人にとっては今の職場は未知の世界です。
そのため新入社員など他の環境からやってきた人に冒頭のような依頼をすると、受けた人は「例の書類とは具体的に何の書類か」「急ぎというのは厳密にはいつまでか」「処理というのは何をすればよいのか」といった疑問が湧くはずです。依頼された側がすぐにこれらの疑問を依頼者にぶつけてくれればまだよいですが、具体的に何をすればよいのか分からずに固まってしまったり、空気を読んで「多分こうだろう」と誤った解釈で動いてしまったりすることは容易に想像がつきます。これでは依頼した人にとっても、依頼を受けた人にとってもマイナスの結果に至るのは火を見るよりも明らかです。
それでは、このような事態を避けるためにはどうしたらよいのでしょうか。それには言葉の使い方について、以下2点に気を付けることが肝要です。
1. 曖昧な表現を使わない
「あれ」や「これ」、「あの人」や「その人」などの指示語は、相手と相応の共通認識が存在する場合にのみ通用します。新しく同僚になった人にとってはこのような共通認識が存在しないため、こうした指示語が指し示すものの認識に相違が起きることは珍しくありません。
また、「処理」や「対応」、「連携」といった言葉は便利ですが含みを持っているため、解釈が人によって異なる恐れがあります。例えば「受注処理しておいてください」と言われた場合、不慣れな人は「処理」が具体的に何を指すのかが分からなくて当然です。そのためシステムへの受注入力だけ行うのか、注文請書の発行も行うのか、関連部署への連絡も行うのかといった自分が対応すべき業務範囲が明確に分からず戸惑ってしまうことでしょう。
同じように「注文書」、「発注書」、「申請書」、「稟議書」といった書類名についても人によって解釈が異なる恐れがあります。例えば「注文書」について、顧客からの注文時に受け取るものをイメージする人がいれば、発注先への注文時に渡すものをイメージする人もいるかもしれません。このように人によって解釈の幅があるような名称については、誤解を招かないように特に注意すべきでしょう。
ここまで見てきたように、指示語や曖昧な言葉や名称は明確な共通認識が確立されていない状況においては極力使用を避けるとともに、解釈によって意味が異ならないように厳密な表現や具体的な表現を使用してトラブルの防止をするとよいでしょう。
2. 主語と目的語を明示する
「電話がかかってきたら、会議に出るように伝えといてくれる?」
急いでいる時など、同僚にこのように依頼をすることはありませんか。長年一緒に仕事をしている仲間であれば事情を察して自分の望み通りに行動してくれるかもしれませんが、それ以外の人ではそう上手くはいかないでしょう。
「電話がかかってきたら、とは誰からの電話のことか?」「会議に出るように伝える相手は誰か? 電話の相手か、それとも他の人か?」「会議とは何の会議のことか?」「電話がかかってこなかったら、何もアクションを起こさなくてよいのだろうか?」など、たった一言の依頼に対してきっと多くの疑問が浮かぶのではないでしょうか。
日本語では主語や目的語がなくてもなんとなく意味が通じることが多々あるので、つい職場でもそれらを省略してしまうということはあるでしょう。そもそも日本語でのコミュニケーションは「ハイコンテクスト文化」と呼ばれ、聞き手が話者の言葉に含まれない行間や身振り手振り、声のトーン、その時の状況や話している人の立場などを複合的に察して理解する文化があります。
このようなコミュニケーションスタイルは、同じ職場で長年過ごしてきた仲間内であれば効率的で楽なやり取りができるかもしれません。しかし、今は同一性よりも多様性が求められる社会です。多くの前提知識を共有していない仲間とも円滑にコミュニケーションを取ることが求められる以上、本来必要な情報を省いて伝えるのは却って確認の手間によるコミュニケーションコストを増大させることにしかならないでしょう。まして、入社や異動が活発なこの時期においては気を付けたいところです。
コミュニケーションの基本は相手を思いやる気持ちを持つことだと私は思います。曖昧な表現や不完全な情報伝達をして相手に察してもらおうとするのではなく、誰が聞いても理解できるように曖昧性を排除し、完全な情報を伝えてお互いに気持ちよく働ける職場を作っていただけたら幸いです。