本連載の第129回では「論点がズレたまま議論をしていませんか」と題し、せっかく会議で熱い議論を繰り広げても論点がズレていては元も子もない、という話をお伝えしました。今回も引き続き論点に着目し、論点を使って仕事のスピードを上げる方法をお話します。
「あなたは一日に、何時間働いていますか」
あなたがフルタイム勤務の会社員であれば、一日平均8時間か、それ以上と回答されると思います。では、それを踏まえて次の質問です。
「これまでの半分の時間で、今と同じ仕事ができますか」
この問いに「できる」と即答できるのは、現在よほど仕事に余裕がある方に限るでしょう。その他大勢の方からは「そんなことは無茶に決まっている」とお叱りを受けてしまうかもしれません。しかし、仕事を進める上で重要な論点を見定めることが出れば、そのような無茶なことができる可能性が十分にあります。
詳しい説明に入る前に、そもそも仕事のスピードを上げるために何が必要かを考えてみましょう。それには大まかに「やり方を変える」と「やることを減らす」の2つがあります。
この内、「やり方を変える」は「それまで電卓でやっていた計算をエクセルに変える」とか「それまでFAXでやり取りしていたことをメールに変える」といったイメージです。さらにはエクセルでの計算も関数やピボットテーブル、マクロを使って自動化するとか、メールでのやり取りをチャットに変えてより迅速な対応をするといった方法が考えられます。
そしてもう一つ、「やることを減らす」を通して仕事のスピード向上を実現する際のキーワードが「論点」です。論点とは、辞書では「議論の中心となる問題点」と説明されていますが、ここでは「解くべき問い」と捉えることにします。
では、論点を使って「やることを減らす」とはどういうことでしょうか。仕事をしていると日々、多くの問いが発生します。例として営業担当者の仕事を例にとって考えてみましょう。すると、営業担当者の仕事では「訪問先の会社から要望のあった納期短縮をどのように実現するか」「顧客の予算に合わせると粗利率が社内規定で定められた水準を下回ってしまう。どうやって上司に特例として承認してもらえるか」といった問いなどが発生することがよくあります。
仕事を進める上での問いはここで挙げた営業に限らず、どの職種でも大量に発生するはずです。そして発生する度、その問いに答えを出すために情報を集めたり、分析したり、資料を作ったり、会議を開いたりしているはずです。そして問いに対して答えが出たら、それを基にしてさらにアクションを実行に移すことになります。
しかし、ここに落とし穴があります。それは、そもそもその問いが「解くべき問い」、即ち論点でなかったらどうなるか、ということです。
もし最初の問いが論点として不適格なものであった場合、その問いに答えるための情報収集、分析、資料作成、会議開催、その先のアクションなど全ての仕事が、最悪の場合「無駄だった」ということになってしまいます。
どれだけ秀逸な情報収集・分析をしても、立派な資料を作成しても、時間をかけて会議で議論しても、アクションに人手をかけても、全て「何もしなかった」のと変わらないということです。さらに、最初の問いの立て方によっては、むしろ「何もしない方がマシだった」ということすらありえます。
ここまでの話で「そんな馬鹿げたことがあるわけがない」と思われるかもしれませんが、このようなことはそれほど珍しくはありません。ではなぜ、このことに気が付かないのか。そのヒントは過去の学校教育にあるのかもしれません。現在の状況は把握していませんが、少なくとも私が学生だった頃、学校のテストや入試においては「与えられた問いに正しく答えること」が求められることはあっても、「そもそも解くべき問いは何か」を考えさせられることはありませんでした。
さらに就職してからも、顧客や上司から与えられた問いや、その職種においては「当然考えるべき」と捉えられた問いに対して答えを出すことが求められるというケースが多いのではないでしょうか。むしろ上司に「それは本当に論点なのでしょうか」と問題提起しようものなら「いいから黙ってやれ」と一蹴されてしまうという職場もあるでしょう。
しかし、真に考えるべきは「どうやって問いに答えるか」ではなく「そもそも解くべき問いは何か」、即ち論点を考えることです。先ほどの営業担当者の例でいえば、納期短縮や特例承認の方法を考える前に「そもそもその顧客の要望に応えることが会社の利益になるのか」とか「今、その顧客の要望に応えることは長期的な利益に繋がるのか」といったことを論点として考えるべきでしょう。その結果、これらの問いへの答えがNoならば納期短縮や特例承認のための仕事は全て無駄なので「やるべきではない」ということになります。それによって本来やる必要のなかった仕事が減るので、その分をより付加価値の高い仕事に回すことができます。
このように、常に「自分の仕事は論点を捉えているか」と自問自答することで不要な仕事、やるべきでない仕事を減らし、そこで浮いた時間を本来自分がやるべき仕事に集中させることでスピードを上げることができるのです。仕事の「やり方を変える」のではなく、そもそも「やることを減らす」ことができるので、それまで全く論点について考える習慣がなかった人であれば仕事量が半減して、本来やるべき仕事を倍速でこなせるようになることすら十分にあります。これを機に、論点は何かを常に問い続ける姿勢を身に着けていただければ幸いです。