本連載の第125回では「今まさにクリティカル・シンキングが必要とされる理由とは」と題し、情報化社会の今を賢く生きるためにクリティカル・シンキングが必要な理由をお伝えしました。今回はクリティカル・シンキングの具体的な実践方法をお話します。
社会の情報化や多様化が進んだ今の時代における必須スキルのクリティカル・シンキング(批判的思考)。おさらいすると、クリティカル・シンキングとは「物事を批判的に捉える考え方」、「物事の真偽や情報を鵜呑みにせず、よく吟味する考え方」などと捉えることができます。しかし、この情報だけ伝えられても「では具体的に何をすればよいのか」が分かりにくいのではないかと思います。
そこで、本稿ではクリティカル・シンキングの実践方法を4つご紹介します。
1. 拙速な評価を避ける
テレビやネットでニュースを観たり、人から話を聞いたりしたときなど、反射的に「こいつは許せない」とか「この人、可哀そう」などの感情を露わにする人がいます。このような対応はプライベートなら問題ないかもしれませんが、ビジネスの場ではあまり歓迎されません。
たとえば同僚から「今朝、Aさんに挨拶したら無視された。昨日に続いて二度目。挨拶もろくにできないなんて社会人として終わっていると思わない?」と同意を求められたとします。その際に「たしかに、それは終わっているね」とすぐに同調するのはあまりフェアな対応とは言えません。そこは一旦、評価を保留すべきでしょう。
そもそもAさんの態度について自分が評価すべきかどうかということもありますが、もし評価するにしても当の本人の言い分や第三者の客観的な意見、或いは自分が接したときの対応などと照らし合わせた上ですべきでしょう。
拙速な評価を下さずに一旦、時間を空けることは冷静に、客観的な対応を取るために必要で、クリティカル・シンキング実践の第一歩です。
2. 本当にそうかと自問自答する
一生懸命に自分で考えたアイディアや企画案などを基に、時間と労力を惜しみなくかけて作った資料。それに対して他の人からダメ出しされるとイラっとしたり落ち込んだりすることはあるでしょう。しかし、ダメ出しされるというのは捉えようによっては改善するチャンスでもあります。それを他人からではなく自分自身で行うのに使えるのがクリティカル・シンキングです。
たとえば顧客に商品を提案するための資料を作っていたとして、他社への提案資料をコピペして「弊社の商品Xを導入して頂くことで、これまでとは異なるセグメントの潜在顧客にアプローチをかけることができ、他社事例を踏まえると最大10%の売上増に貢献できます」というメッセージを載せたとします。
他社で使えたからといってそのままこの資料を使って顧客に提案してしまうと、顧客を取り巻く経営環境が異なるので全く的外れな内容になってしまうかもしれません。そこで、資料を作成するときに「本当にそう言えるのか」と自問自答を繰り返しながら修正していくことが欠かせません。
より具体的には、「商品Xでよいのか、顧客にもっと適切な商品はないのか」「これまでとは異なるセグメントは本当に潜在顧客なのか」「最大10%の売上増に本当に寄与できるのか」といった具合で、自分自身に問いかけます。それによって考えや、それを表現する資料を洗練させることができるのです。
3. 客観的な事実と主観的な意見を切り分ける
「東京タワーは高い」「新幹線は速い」「ライオンは強い」
これらの言葉は事実でしょうか。「事実だ」と思った方は要注意です。これらはあくまでも主観的な意見であり、客観的な事実ではありません。例えば東京タワーの高さは333mですが、634mの東京スカイツリーと比べたら「低い」と言えます。新幹線についても、たとえば「のぞみ」の最高速度が時速300kmなので人間が走るのと比べたら遥かに速いですが、飛行機と比べたら遅かったりします。ライオンについても同じ理屈で「強い」というのは客観的な事実とは言えません。
これらの例は極めて単純なので意識すればすぐに違いを理解できますが、ビジネスで扱う情報はずっと複雑で大量にあるので、切り分ける難易度は遥かに高いでしょう。それでもやはり情報や人の話について、「どこまでが客観的な事実で、どこからが主観的な意見なのか」を意識して聞くことが重要です。特に重要な意思決定の拠り所となる情報を扱う際には尚更慎重になる必要があります。
なお、一つ補足しておくと主観的な意見はダメというわけではないということです。客観的な事実だけでは意思決定が遅くなってしまったり、或いは意思決定を下せなかったりすることもあるからです。そうではなく、事実と意見を区別した上で考えることが、より正確な判断を下す上で重要ということです。
4. 前提条件を疑う
「論理的には間違っていなさそうだけれど、どこか引っかかる」
と感じることはありませんか。そういう時には、情報や論理展開の前提条件が自分の考えと異なっている可能性があります。
簡単な例でいえば「空は青い」というシンプルな主張でさえ、よく考えてみると「日が昇っていて、早朝や夕方を除く時間帯であること」「雲や霧、黄砂がなく、よく晴れていること」などの前提条件が隠されているはずです。
ビジネスの例では、以前はオーディオといえば自宅に置いて楽しむものでした。そのため「音質を如何に良くする」とか「インテリアとしてオシャレなデザインにする」といったことで商品が売れたかもしれません。しかしSONYからウォークマンが出たことで競争の前提条件が一気に変わり、「如何にコンパクトにして持ち運びやすくするか」とか「電池の持ちをよくするか」といったことが重要になりました。その後はAppleからiPod、続いてiPhoneが出てさらに前提条件が変化しています。
このように、物事の良し悪しや重要度などを考える際には、その前提条件に問題がないか、変化を見落としていないかなどによく気を配ることが必要です。
ここまでの説明でクリティカル・シンキングの実践について具体的なイメージを持っていただけたでしょうか。もちろん、紹介した4つの方法を実践に移してすぐにマスターできるというほどクリティカル・シンキングは容易ではありませんが、根気よく続けることでスキルを身に着けることができるはずです。まずは実践、そして継続して、スキルを上げていきましょう。