本連載の第123回では「堂々巡りの議論から抜け出す! 4つの可視化ポイントとは」と題し、議論を前に進めるための可視化の技術についてお伝えしました。今回も引き続き可視化に焦点を当てて、考えをまとめる際に使える図解の力についてお話します。
「あなたの話は分かりにくい」
上司や同僚、取引先などの人から、このように言われたことはありませんか。分かりにくいと言われる要因としては色々と考えられますが、その中には「そもそも自分自身の考えがまとまっていない」ケースがあります。自分の考えすらまとまっていないまま人に話しても、相手に理解してもらえるはずもありません。
では考えがうまくまとまらないのはなぜでしょうか。こちらについても同様に色々な要因が考えられますが、よくあるのが「物事が複雑過ぎて理解しきれない」ということです。特に情報量が多かったり、情報を繋ぐ関係性が込み入っていたりすると理解するための難易度は各段に上がってしまいます。人によっては理解することを諦めてしまったり、印象に残った部分のみ理解して他は無視したりすることもあるでしょう。これでは人に説明するどころではありません。
では複雑なものごとを理解するにはどうすればよいのでしょうか。実は私たちは、そのヒントを既に学校で学んでいます。数学や物理学などでは数式、化学なら化学式、音楽なら楽譜といった表現方法です。これらは言葉で説明しようとすると情報量過多になってしまうものをシンプルに理解するためのツールと位置付けることができます。つまり、数式や化学式などと同様に、複雑な思考をシンプルに表すためのツールを使えばよいのです。それこそが図解思考です。
図解思考は情報を視覚的・直感的に表すことで、ぱっと見て理解できるように表現するツールです。さらに、図解思考を使うことで情報の抜け漏れを見つけて補ったり、発生した事象の因果関係を把握したり、物事の優先順位をつけたりするなど、色々なシーンにおいて適切に考えことができます。
では図解思考とは具体的にどういうものなのでしょうか。これは実は身近なところにもあります。例えば「最寄り駅から目的地付近の駅まで最短ルートで行くための電車の乗り継ぎ方を考える」という目的のために使用する鉄道の路線図があります。この目的を達成するには航空写真では線路が見えないので全く役に立ちませんし、普通の地図でも余分な情報が多すぎて時間がかかり過ぎてしまいます。その反面、鉄道の路線図であれば一切の余分な情報を省いているので、一目見て最短ルートを見つけ出すのは容易いでしょう。
また、お馴染みのものでいえばグラフも図解思考のツールとして使用できます。例えば天気予報で、気象予報士が一日の気温の上昇と下降の動きを折れ線グラフで説明することがありますが、もし説明に数値の羅列を使っていたら読み解くのに余分な時間がかかってしまうでしょう。数値の増減の傾向を把握するのであれば折れ線グラフの方が遥かに分かりやすいですね。
これら鉄道の路線図やグラフなどと同様、目的や情報の種類に適した図解を用いることで考えを整理することができます。ここではビジネスでよく使う2つのツールについて紹介します。
マトリクス
思考の抜け漏れを防ぐのに使えるのが、行と列で構成されるマトリクスです。例えば自社の新商品開発に向けたターゲット設定を話し合っていて、ある人がこう提案したとします。
「ターゲットは20代女性のビジネスパーソン向けにしましょう。さらに、子育て中のパパママをターゲットとして加えてもいいですね」
このような話を聞いた際に、なんとなくそのまま受け入れてしまうということがあるのではないでしょうか。しかし、これをマトリクスで図解すると「20代女性のビジネスパーソン」と「子育て中のパパママ」には漏れとダブりがあることが一目瞭然です。
この漏れとダブりを認識した上で、それでもこのターゲットに決めるのであればよいのかもしれませんが、それを認識せずに話が前に進むと「ビジネスパーソンでも子育て中でもない20代女性はターゲット外でよいのか」とか「20代以外の子育て中のパパはターゲットとしてしまってもよいのか」などの疑問が後から生じて混乱するがあります。マトリクスはこうした混乱を回避するのに使用できます。
ベン図
思考の論理破綻を防ぐのに使えるのが、丸の図形で構成されるベン図です。例えば人事部の会議において、同僚が次のように話したとします。
「ある調査によると、SNSを毎日更新している企業は全て、学生の内定辞退率が業界平均より低いようです。そして学生の内定辞退率が業界平均より低い企業は全て、内定者をフォローする仕組みがあるそうです。この調査結果を踏まえると、内定者をフォローする仕組みがある企業は全て、SNSを毎日更新していると言えます」
言葉で聞いただけではなんとなく「そんなものかな」と思ってしまうかもしれません。そこで、これをベン図で検証してみましょう。すると、以下の図のとおりになります。左側は「SNSを毎日更新」「学生の内定辞退率が平均以下」「内定者フォローの仕組みアリ」という3つの要素を円で表したものです。
真ん中は「SNSを毎日更新している企業は全て、学生の内定辞退率が業界平均より低い」という主張を表しており、逆に「SNSを毎日更新している企業」の中で「学生の内定辞退率が業界平均以下」に該当しないところをグレーにしています。
その上で、さらに右側は「学生の内定辞退率が業界平均より低い企業は全て、内定者をフォローする仕組みがある」という主張を表しており、逆に「学生の内定辞退率が平均以下の企業」の中で「内定者フォローの仕組みが有る」に該当しないところをグレーにしています。
このグレーになった領域は「存在しない」ということになりますが、逆に残った白い領域は「存在するかもしれない」ということになります。ここで、1つ目と2つ目の主張を踏まえた結論「内定者をフォローする仕組みがある企業は全て、SNSを毎日更新している」は、その逆に「内定者をフォローする仕組みがあるが、SNSを毎日更新していない」領域がグレーにならずに残っているので、この主張は成立しないということになります。
このように、主張の正しさを確認するためにベン図を使うことができます。論理が込み入っていると感じたら、このようにベン図で表して検証してみるとよいでしょう。
図解思考のツールはここで紹介したマトリクスとベン図以外にも数多くあります。目的に応じて適したツールを使うことで考えを整理しましょう。