今回から、第1回で整理した「DXを進める企業/組織が直面する課題」をSAFeでどのように解決するのかご紹介していきます。解説の都合上、第1回で挙げた課題の順番通りではないことはご了承ください。
今回解決する課題
今回解決する課題は、ずばり以下の2つです。
- B-1:危機感を抱き始めてはいるが、DXをどのように始めればよいかがわからない
- B-4:DXを推進すべき経営層/管理職層がレガシーなマインドを抱えたままで、適任なリーダーが育てられていない
DXを推進するには、第1回で述べたように単純にITシステムの構成や作り方を変えるだけではなく、ビジネスアジリティを向上させるための組織変革が必要となってきます。組織変革をするためには経営層の理解が必要なことはもちろんですが、実際に現場の指揮を執る組織変革の推進チーム(組織のリーダ層)も同様に変革の必要性を理解し、組織のメンバー層の変革を指揮/牽引していく必要があります。
しかし、経営層/推進チームの誰にとってもこのような組織変革は初めての試みであり、何から始めればよいかわからないことがほとんどです。また、DX推進に直接関わらない利害関係者の協力も必要となってきます。このような0スタートの状態から組織変革を行ってDXを推進していくのは、並大抵のことではないでしょう。
けれども、もしここで実例に裏付けされた組織変革のロードマップがあり、必要な知識やスキルを習得できる教育コンテンツがあったとしたらどうでしょう? DX推進の大きな武器となることは間違いありません。
SAFeでは20,000社の導入実績から得られたノウハウを詰め込んだ「SAFeを実装するためのロードマップ」とレイヤーごとにマインドや知識を習得できる公式トレーニングが用意されています。今回は、B-1、B-4の課題を解決するこれらのソリューションについて解説します。
SAFeの実装ロードマップ
SAFeの実装ロードマップ「SAFe Implementation Roadmap」は、以下の図の通りです。
SAFeの実装ロードマップ/出典:米Scaled Agileの公式サイト |
このロードマップは左上からスタートし、右下のゴールに向けて、以下の11ステップで構成されています。
- 転換点への到達(Waterfall/Ad hoc Agile)
- リーンアジャイル変更エージェントのトレーニング(Train Lean-Agile Change Agents)
- 幹部、マネージャー、リーダーのトレーニング(Train Executives, Managers, and Leaders)
- バリューストリームとARTを特定(Identify Value Streams and ARTs)
- 実装計画の作成(Create the Implementation Plan)
- ARTローンチの準備(Prepare for ART Launch)
- チームのトレーニングとARTの開始(Train Teams and Launch ART)
- ART実行のコーチング(Coach ART Execution)
- その他のARTとバリューストリームの立ち上げ(Launch more ARTs and Value Streams)
- ポートフォリオへの拡張(Extend to the Portfolio)
- 継続的な改善(Accelerate)
以降では、これらのステップを1つずつ解説していきます。
1. 転換点への到達
最初のステップでは組織がSAFeを導入するきっかけ、つまりは組織変革が必要だという共通認識を組織内に作り上げ、組織改革の着手を意思決定するという転換点へ到達する必要があります。
ここでのリーダーの主な役割は、変革する必要性を説くことだけではなく、経済的見地を踏まえた将来的なビジョンを確立することです。
2. リーンアジャイル変革エージェントのトレーニング
転換点へ到達し、変革することが決定したら、組織変革を推進していくための強力な改革推進チーム(LACE:Lean-Agile Center of Excellence)が必要になります。このステップでは、LACEのメンバーとなる変革エージェントを、企業全体のアジャイル変革をリードするSAFe認定コンサルタントとして教育し、改革推進チームを立ち上げます。
3. 経営層/マネージャー/リーダーのトレーニング
上述のLACEが組織変革を実行する中心的役割を担いますが、それだけでは不十分です。変革には、LACEの変革推進活動に大義を与え支援する、組織上位層からのリーダーシップが必要となります。変革を進める上では、企業の現在のガバナンスや文化、慣行が障害となり得るため、これらを排除するためにもSAFeの利害関係者にリーンアジャイルのマインドセットやSAFeの原則、リーダーシップの価値を教育します。
4. バリューストリームとARTの特定
SAFeを推進するLACEとLACEを支援する環境が整ったため、具体的にSAFeを実装するための準備を始めます。ここでは「バリューストリーム」と「アジャイルリリーストレイン(ART:複数のアジャイルチームから構成される開発体制)」の特定をします。価値を顧客の手に届けるまでの全体的な活動をバリューストリームとして定義し、システム化対象となる部分にARTを割り当てます(詳細については、今後の連載で説明します)。
5. 実装計画の作成
バリューストリームとARTの特定によってシステム化対象が決まったため、次は開発に入るわけですが、バリューストリームやARTが複数必要になる場合、ARTをまとめて同時に立ち上げることは予算、要員、推進チームのキャパシティによっては不可能です。したがって、1つのARTを立ち上げるところから開始し、徐々にARTの数を増やしていくことになります。ここでは、複数のARTをどの順で、いつから開始していくかについて、LACEで具体的な計画を立てます。
6. ARTローンチの準備
最初のバリューストリームとARTが決まったら、LACEやSAFe認定コンサルタントがARTローンチの準備をします。ここでは、体制の決定/スケジュールの決定/PI(Program Increment)プランニングの準備がメインの活動になります。
7. チームトレーニングとARTの開始
ここではチームをトレーニングしてARTを立ち上げます。トレーニングではアジャイルチームがSAFeで開発するにあたって、必要な知識を習得します。トレーニングが終わったらいよいよ最初のPIプランニングを開催し、PI中(2カ月~3カ月)の開発計画を立てます。
8. ART実行のコーチング
ARTが開発フェーズに入ったら、LACEやSAFe認定コンサルタントはアジャイルチームやART全体に対し、各ロールの役割の徹底とイベントが適切に運用されるようコーチングします。
9. その他のバリューストリームとARTの立ち上げ
LACEは1つ目のバリューストリームとARTが立ち上がったら、その経験を基に2つ目以降の立ち上げを開始していきます。バリューストリームとARTを多く立ち上げるほど、企業は投資に対する大きな収益を期待できます。また、バリューストリームの規模が拡大してきたら、必要に応じて「Large Solution SAFe」へ拡張します。
10.ポートフォリオへの拡張
バリューストリームとARTがさらに拡大してくると、従来型のフェーズゲートプロセスや財務管理、予算編成などがパフォーマンスの阻害要因となってきます。放置しておくとレガシーマインドに戻り、変革が失敗に終わりかねません。これらの阻害要因が顕在化してきたら、LACEは「Portfolio SAFe」へ拡張し、組織全体に新しい文化を定着させましょう。
11.継続的な改善
上記まででSAFeの実装は完了しますが、これで終わりではありません。パフォーマンスを測定して改善活動を続けることにより、ビジネスアジリティをさらに加速することができます。
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今回は、B-1、B4の2つの課題を解決するものとして実装ロードマップと、それを推進していくチームであるLACEについて解説しました。
最初のARTが立ち上がるまでには少なくとも3カ月以上はかかります。また、最初は「Essential SAFe」から始めていくことが一般的なため、Portfolio SAFeや「Full SAFe」に達するまで数年かかる可能性もあります。SAFeは一朝一夕に導入できるものではありませんが、組織にもたらす利益は計り知れません。まずは着手してみることをお薦めします。