皆さま、こんにちは。メタデータ 代表取締役社長 理学博士の野村直之と申します。昨年11月、AI(人工知能)の産業応用、近未来の人々の働き方について記した拙著「人工知能が変える仕事の未来」(発行:日本経済新聞出版社)を上梓したところ、さまざまなご質問・コメントをいただきました。
なかでも多いのが、「『雇用大崩壊』とか『AIは(いつ)人間を超えるか』などは、当面考える必要がないことがよくわかりました! 」といったコメントです。特に後者の「人間を超えるか」については、そもそも設問自体が無意味だということを説明しています。
意識、人格、社会性などを備えるめどが立ってない今のAIは「道具」に過ぎず、全ての道具はその専門能力でヒトを超えていなければ存在意義がありません。AIも「5mの棒」と同様に、道具として生まれながらに人間を超えているものなので、設問自体が成り立たないというわけです。
では、そんなAIが今後、人々の働き方にどのような影響を与えていくのか。全10回を予定する本連載では、前半でAIを取り巻く現状について解説し、後半では主に情報システム部門の仕事に焦点を当てて今後の展望について考察する予定です。
AI屋の筆者がなぜITの未来を語るのか?
さて、なぜAI屋の筆者が企業情報システムの未来を語るのか? と思った方もおられるかもしれません。そこで、関連する筆者の経験を古い順に書いてみます。
社会人初期の頃、NEC社員として、企業情報システムを介してホワイトカラーの知的生産性向上に貢献するための研究開発を志していました。そのコンセプトや理念は、その後のジャストシステム時代、個人事業主時代、リコー・ソフトウェア研究所時代も変わらずでした。
個人事業主時代には大手航空会社向けに、系列ホテルのイールドマネジメント、ホテル経営情報システムの設計を支援しました。さらに、某大手企業の25カ国にまたがるグローバル情報システムの基本設計のレビューと、超大手を含む4社から開発会社を選定するコンサルティングを行ったのも懐かしい経験です。
リコー時代には、業務プロセス・モデリングの世界的権威、独ザールブリュッケン大学教授 シェア博士の会社IDSシェアと連携したりして、業務システムの要求仕様を最適化する要求工学(Requirements Engineering)の国際学会や、ナレッジマネジメントの国際学会にも参加しました。また、業務システムユーザーの視点で、「インシデント管理」などをモデル化したITIL(IT Infrastructure Library)にのめりこんだ時期もあります。
要求工学については、起業後に、伝統的なWater Fall型開発から、アジャイル開発に移行しても通用する方法論を生み出すべく、「ペア要求開発」を考案しました。これは、ざっくり言うと、実際のユーザーと開発者が隣の席に座って文字通り肩を並べ、随時議論しながら試作と試用、そのフィードバックを経て本当に使えるソフトウェアとして仕上げていくものです。
このアジャイル要求開発の方法論を開発し、ある程度実証した成果は、経産省・IPA主催の未踏ソフトウェア事業で評価され、代表者として「未踏スーパークリエータ」の認定を受けることができました。
法政大学大学院イノベーションマネジメント研究科の客員教授を兼務し、上記の業務経験のエッセンスを注ぎ込んで「エンタープライズシステム論」を講義したこともあります。
以上の全ての情報システムに関連する業務経験を「人工知能が変える仕事の未来」における考察や、事例の取捨選択に反映しています。
手にとってページをめくっていただけば、本連載テーマを扱う資格がありそうなことが、ご確認いただけるはずです。従来の情報システムでは扱えなかったタイプの不定形情報が、ディープラーニングに象徴される認識・分類型のAIによって扱いやすくなり、付加価値を生めるようになった感慨など、読み取っていただけるかと思います。
2017年に問われる、人工知能の「リアリティ」
以下に、「人工知能が変える仕事の未来」の第I部 第3章「IoTと人工知能:広がる連携」の元原稿から、「IoTの構成要素」の図を引用します。
上記は、情報システムの配置、概念図として眺めていただくとよいでしょう。数年後以降は、現在の高性能GPUが備えるテラ・フロップス級の計算能力(1秒間に数兆回の掛け算が可能)が、スマホに搭載される可能性はあるので、専門画像認識などの本格的な専用AIがスマホ上で実行されるようになるかもしれません。
2017年は、人工知能の「リアリティ」が問われ始める年です。昨年の10月、ガートナージャパンが発表した「日本におけるテクノロジのハイプサイクル:2016年」において、人工知能はハイプ曲線の頂点にありました。ということは、これから急坂を転げ落ちて、いわゆる「幻滅期」に入るということです。
現時点のAIが、何も言われずとも人間のようにとっさに機転を利かせて手を差し伸べるような汎用性は持っておらず、当面は個々の業務のわずかな部分しか代替できないことが、今後、あらわになっていくと予想されます。
期待値が大きいと、反動で大きな幻滅や怒りを招くやもしれません。そのような事態を恐れて、「本当のAIの姿を描かねば」と思い立ったのが、冒頭に挙げた拙著の大きな執筆動機でした。このタイミングで本連載をお引き受けしたのも、企業の中で「リアリティ」と言えば、情報システム部門だからです。
第3次ブームのAIが本物で、いずれ本格普及するものであるなら、必ず「幻滅期」を通過する必要があるのも真実。現時点のAIが本当に、どんなことにどれだけ役立つのか定量評価するとともに、そのために必要な各種の精度(主に、適合率と再現率)の条件も明らかにしていきたいと思っています。本連載で、そうした知識を共有していければ幸いです。
次回は、昨年12月にガートナー ジャパンが発表した「人工知能 (AI) に関する10の『よくある誤解』」を眺めつつ、AIベンダーとユーザー企業の不毛なすれ違いをいかに生産的な改革につなげるか、論じてみたいと思います。
著者紹介
野村直之 - メタデータ株式会社 代表取締役社長 理学博士
NEC中央研究所、MIT(マサチューセッツ工科大学)人工知能研究所、ジャストシステム、リコーなどを経て05年にメタデータを創業。人間がより人間らしい仕事に集中できるよう、深層学習などのAIを含む高度なアルゴリズム、データ分析ツールでホワイトカラーを支援する使命を果たすべく日々奮闘中。