『直心是道場(じきしんこれどうじょう)』は、「雑念のない素直で誠実な心こそが悟りを完成させる基礎となるものである(出典:維摩経)」という禅語です。

  • 三越伊勢丹ソレイユの人材採用論

今回は、新宿区にある株式会社三越伊勢丹ソレイユ様を訪問させていただきましたので、その様子をお届けいたします。

今回の訪問は、ビジネス茶道の茶会にいらしたお客様から同社の四王天社長のお話を伺っていたことがきっかけでした。

株式会社 伊勢丹(現:三越伊勢丹ホールディングス)は、障がい者雇用率が低下していたことを機に、2004年に(株)伊勢丹ソレイユを設立。11名トライアル雇用でスタートし、追加採用と移転を繰り返して拡大を重ね、同社所在のナレッジパーク落合ビルでは、現在84名の重度を含む障がい者が、100種類以上の百貨店店頭の付帯業務を担って働いています。

こうした設立から現在までを築き上げてきたのが代表取締役の四王天社長です。実は、四王天社長に経営者インタビューを依頼したところ、「自分ではなく社員が働く姿を見学して欲しい」ということで、今回は茶室を出て施設見学の機会をいただきました。


百貨店店舗には単純反復作業が大量にあります。私たちの誰もが何気なく目にしたことのあるお菓子の箱の賞味期限スタンプを押す、贈答用ラッピング袋のリボンを作る、食品売り場の紙袋を二重にするなどの作業です。こうした同じ作業を正確に長時間でも続けられる、という特筆すべき能力が彼らにはあったのです。覚えるまでに時間はかかるものの、根気よく教えれば、みな美しい作業をするようになるのだそうです。

  • 賞味期限スタンプを押す

  • 贈答用のリボン作り

このような単純反復作業は、百貨店店舗で不定期に不定量で発生するために、外注することも人員を割くことも難しく、現場スタッフが空き時間などに作業していましたが、店内のお客様対応サービスは低下していたのです。これらの作業にかかる時間は月に約5000時間、外注すると約1億円以上に換算されるものを特例子会社であるソレイユが請負っています。作業の質は格段に向上し、店舗業務の効率もアップしました。

今の時代は自宅にいながらスマホひとつで買い物できるようになり、百貨店としては「ぬくもりのある買い物や贈り物」に価値を感じていただくことで、利益を上げていかなければなりません。そのための武器が丁寧で温かみのある手作りのラッピングやリボンであり、それらをソレイユの社員たちが最高の状態で納品するわけです。障がい者雇用を義務的に行うのではなく、堂々と本業の戦力とする仕組みは、多様な社会が豊かであることを証明していました。

ソレイユ設立当初は、本社で営業をかけても、「きれいで丁寧な作業ができるのか? 」と半信半疑な反応だったそうです。それを社長自ら、社員の作ったものを持って店舗を回ると、みな一様に「すごく綺麗にできてますね。うちも依頼したい」と驚いたのだそうです。

さらには、全員が全ての作業ができるようにローテーションを組んでいます。障がい者に詳しい専門家の中には「ある作業が得意でも、他のどんな作業もできるわけではないから、ローテーションは無理では」という意見もありましたが、四王天社長は「やってみなければわからない」とチャレンジしたのです。

  • ローテーション表とマニュアル。マニュアルは、1人1人がノートを作り、自分の言葉で自分にわかりやすい図で、失敗例などを記録してを作る

  • 大切なことは忘れないようにカードにしてテーブルに。各作業も誰がしたかわかるようにしている

障がい者雇用というと、「能力は期待できないけれど雇用すべきである」と考える人もいるかもしれませんが、「実は彼らの能力やモチベーションに気づいてやれてない、引き出しきれていないだけです」「こうして全国から見学にいらっしゃるのですが、私は特別なことは何もしていない。最適な人材を採用しているだけです。社会貢献という意識はありません。私は私の役割を果たし、彼らは彼らの仕事をこなすだけです」と言う社長に気負いはまるでなく、従業員に親しみのある言葉で話しかけています。ここにソレイユの全てが現れているように感じました。

それだけの成果を上げているソレイユですが、特別な知識を持った指導員がいるわけではありません。最初の指導は、四王天社長と、チャレンジキャリア制度(社内公募)で募った女性従業員の二人。それ以来、現在でも指導員は現場の業務を知る売り場のスタッフが出向しています。障がい者についての知識は知らなくていい、その代わり現場の業務をよく知る人が指導しているそうです。

指導内容は、作業をどうしたら間違いなく丁寧に美しくできるか、ということだけだからです。誰が担当しても同じサイズになり、ずれがないよう、量販店の安いプラスチック製の日用品で工夫して、作業のための道具やメジャーを手作りするなどし、従業員をサポートしています。

もともと店舗や本社の社員たちはみな接客業なので、様々なお客様とのコミュニケーションが得意です。確かにそうかもしれません。指導する側もされる側も、お互いに得意な素質を生かして、共に働いているだけなのです。

一般的には障がい者の雇用は、歩行障害や視聴覚障害など身体的な障がいの方が雇用されやすく、知的障がいや自閉傾向にある障がい者は、「話が伝わるのかわからない」「怒らせたり、興奮させそうで心配」「暴れ出さないか」などの不安からか断られることが多いのだそうです。

けれど、私の見学中、無駄に声を出したり身体を動かす人はいませんでした。休憩中には自由に好きなことを声に出して、身体を揺らしてもいいけれど仕事中はしない、ということを教育すれば、そうできるようになるのだそうです。

そこで、ソレイユの採用基準を伺ってみました。

(1) 自己実現のために給与を欲する意欲のある人

やりたいこと、夢がある人。たとえば自立したい、親を安心させたい人などだそうです。高齢の親を扶養したいという人もいるそうです。

(2) できなくても諦めない人

できるかどうかではなく、諦めない姿勢を確認するのだそうです。諦めなければ、人より時間がかかってもできるようになるからだそうです。

(3) 指導員の支持を素直にきける人

教わらなくてはできるようにならないので、素直さが大切だそうです。自分勝手にやり方を変える人は一緒に作業するのは難しいそうです。

  • 四王天社長にカメラを向けると後ろを向いて歩き出された。作業をする社員に話しかけるとみな嬉しそうに答える


四王天社長は「障がい者雇用をノルマとして義務感でやっているといつか限界が来ます。けれど、障がい者にやってもらう方が双方にとってよいじゃないか! という形を求めていけば、どんどん数字が伸びていきます」と話されました。

従業員一人一人が「誰かの役に立っている」という実感を得られることで、みな嬉しそうに働いています。出勤が楽しみで1時間も早く来てしまう人もいるのだと聞くと、自らの仕事について見つめ直す人も多いのではないでしょうか。お互いにとってプラスになる方法を工夫することで思いもよらない利益に繋がるものです。

最後に、評価についても伺いました。組織で働く以上、私たちはいつも評価されて役割と報酬が与えられます。ここでは、「沢山の成果をあげること」ではなく、「1年前よりできるようになったこと」で評価が与えられるのだそうです。 現在は、特別支援学校の新卒者が

10名、移行支援や作業所の出身者が約70名。10年間でここまで拡大できた理由は、彼らの働く力を引き出せたこと(人材育成)、社内に任せたい仕事があったこと(おもてなしの心)、制限を作らずオールラウンドプレイヤーを目指したこと等です。

集中力を身に着けると効率良く仕事がはかどります。ビジネス茶道では、身体ひとつで茶室に座ることで集中の習慣を身につけようとしています。障がい者は、脳の特性から、集中しやすい状態であるのだとすると、茶道もまた向いているのではないかと感じました。私もいつか、四王天社長が「異能超人」と呼ぶ皆さんと一服のお茶を共にしてみたいと思いました。

百貨店の温かみのある手作り包装はおもてなしの心です。隙間時間の片手間でする仕事と素直で誠実な心を向けた仕事との違いは、目には見えなくとも顧客に伝わるのではないでしょうか。ソレイユの作業は、茶道でいえば炭の火を起こし道具を清める「水屋」の仕事です。陰の仕事が丁寧でなければ亭主が点てるお茶も美味しくなりません。

そして水屋の仕事も、亭主も正客も末席の客も、どんな役も稽古してようやく茶道の本質が見えて来るのと同様、ソレイユでも、どの作業もできるオールラウンドプレイヤーを育てています。得手不得手はあっても、仕事は選ぶものではないからです。

これを機に贈答品の細やかな心配りに目を向けてみてはいかがでしょうか。人やモノとの関わり方にあらたな気づきがあるかもしれません。障がいの有無に関わらず、雑念のない素直で誠実な心があらゆる仕事の基礎となるのだということを実感させていただきました。

プロフィール : 水上 繭子(みずかみ まゆこ)

大学時代に表千家茶道の師と出会い、入門。京都家元での短期講習会に参加し、茶道の奥深さに惹かれ、政府系金融機関OECF(海外経済協力基金)勤務や結婚、子育ての中で、茶の湯の稽古を継続する。その後、茶道の豊かさ、楽しさ、奥深さを伝えるべく、茶道教室を主宰。近年はコミュニケーション力や新しい発想力を養う人間力道場としての茶道を提案している。