宿坊(しゅくぼう)は、お寺や神社の宿泊施設のこと。元々は、僧侶や参拝者が泊まるための施設でした。現在、全国各地の宿坊では、一般の観光客も受け入れるところが増加。宿泊設備やサービスも充実している宿坊も多く、宿坊での滞在を楽しむ旅行者も急増しています。
荘厳で清々しい空気、歴史ある建築、美しい景色・庭を楽しみ、精進料理や座禅、写経、読経といった貴重な体験ができる点も「宿坊」の魅力。この連載は、誰でも安心して心と体を癒やすことができる宿坊と宿坊周辺の見どころを紹介します。
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御岳山(東京都青梅市)を目指す
気軽にトレッキングを楽しめるだけでなく、パワースポットの宝庫としても有名な東京・奥多摩の御岳山。その山頂にある武蔵御嶽神社は、紀元前91年の創建とされ、天平8年(736年)に行基が蔵王権現を勧請したといわれています。
平安時代以降は、修験道の拠点として武将や庶民の信仰を集め、江戸時代からは関東を中心に信仰者の組織である「講」が盛んに作られ、"御獄詣"の信者で賑わったそうです。
都心から約1時間半で山麓のバス停「ケーブル下」に到着。御岳山登山鉄道に乗り換えて山頂の「御岳山」駅を目指します。御岳山登山鉄道は、滝本駅-御岳山駅間の1.107km、標高差423.6m、最大勾配斜度25度の急勾配を約6分で結ぶケーブルカー。大晦日には終夜運行し、武蔵御嶽神社への初詣客輸送を行っているそうです。
「御岳駅」に到着。土産物店や食事処がならぶ駅前広場には都心方面を臨む展望台もあり、快晴の日は新宿の高層ビルやスカイツリーも見えるそうです。
展望台から武蔵御嶽神社までは徒歩で約30分。神社方面の尾根に目を向けると、そこには"天空の町"ともいわれる宿坊の屋根の連なりを見ることができます。
山頂近くの宿坊町と武蔵御嶽神社へ
紅葉が始まった山道を歩くこと10分弱で何軒もの宿坊が集まるエリアに到着。宿坊や住居の多くは、長い歴史を伝える門構えの日本式家屋であり、その中には茅葺き屋根の建物もあります。
訪問が平日の朝ということもあり、宿坊町は閑散としていましたが、週末は多くの参拝者や登山者で賑わうそうです。土産物店と食事処が軒を並べる参道を抜けると、そこには武蔵御嶽神社へ上る石段がありました。
急な石段を上ること約10分で御岳山頂(標高929m)の境内に到着。ここには本殿・拝殿を始めとする数々の神々を祀る社があります。写真の幣殿・拝殿は、江戸時代に「西の護り」として東向きに改築されたそうです。
150年の歴史を持つ「宿坊 能保利」を訪ねる
武蔵御岳神社の本殿から参道を下ること約10分。本日の取材先である「宿坊 能保利」に到着。能保利は、10年ほど前まで茅葺き屋根だったという歴史ある宿坊です。御岳山の宿坊の多くは、神社の分社としての宗教施設です。
「私ども能保利は、およそ150年の昔から御岳山で宿坊を営んできました」。こう語るのは16代目ご主人の久保田直行さん。現在、奥様と17代目になる息子さんご夫婦、数名のスタッフで宿坊を切りまわしていることのこと。
久保田さんは神官の資格を持ち、参拝者の武蔵御岳神社への案内や祈祷などを行う「先導師」としても活躍されています。
客間は8~12畳まで4タイプがあり、最大で約40名が宿泊できるとのこと。特に春は、その年の五穀豊穣を願い、武蔵御岳神社を参拝する講の宿泊者や日帰り参拝者の宴会である直会(なおらい)で賑わうそうです。
由緒ある宿坊の証し、神殿のある大広間
神殿を備えた明るい大広間は、食事だけでなく、祈祷などが行われる神聖な場所でもあります。一般の旅館では味わえない、敬虔な気持ちになるのも宿坊ならではの体験。
古き良き日本人の営みを実感できることも宿坊の魅力。その中には、あらゆる地域の講と参拝者名が刻まれた銘板もあります。宿坊 能保利の大広間では、見事な襖絵と共に武蔵御岳神社を信仰する講の人々と宿坊との強い絆を感じることができます。
天空の自家農園産の野菜を使った料理
宿坊 能保利は御岳山中の斜面に自家農園を有しており、そこで育つ新鮮な野菜を中心に、地場食材にこだわった食事を提供しています。
また、御岳山名物の刺身こんにゃくも、こんにゃく芋からすべて自家製で、何時間も手間を惜しまず作り上げているそうです。おいしい料理を目当てに訪れる一般の宿泊者も多いとのこと。
和風旅館のような落ち着いた雰囲気に加え、神社仏閣のある場所ならではの心安らかな時間を堪能できる宿坊。
泊まるだけでなく、美味しくて健康的な料理や伝統的な日本文化を感じられることも宿坊の魅力。ときには都会の喧騒を離れ、清々しい空気の中で、心と体を癒やしてみてはいかがでしょうか?
御岳山 天空の宿坊 能保利
〒198-0175 東京都青梅市御岳山95
TEL:0428-78-8443/FAX:0428-78-7145