宿坊(しゅくぼう)は、お寺や神社の宿泊施設のこと。元々は、僧侶や参拝者が泊まるための施設でした。現在、全国の宿坊では一般の観光客の受け入れが増加。宿泊設備やサービスも充実している宿坊も多く、宿坊での滞在を楽しむ旅行者も急増しています。
古来より山岳信仰等の中心である神社仏閣に近い宿坊町には、荘厳で清々しい特別な空気感があります。さらに、歴史ある建築や美しい景色・庭を楽しみ、伝統の精進料理や座禅、写経、読経といった貴重な体験が出来る点も「宿坊」の魅力。
この連載は、誰でも安心して心と体を癒やすことができる宿坊と宿坊周辺の見どころを紹介します。
大山阿夫利神社を目指す
今から二千二百余年以上前に創建されたと伝えられている大山阿夫利神社(おおやまあふりじんじゃ)。大山は、別名「あめふり山」とも呼ばれています。その名は、常に雲や霧が山上に生じ、雨を降らすことから起こったといわれ、古来より雨乞い信仰の中心地としても広く親しまれてきました。
武家や庶民からの崇敬も厚く、人々は「講」という信仰者の組織を作り、大山へ定期的に参拝したとのこと。江戸期には年間で数十万人が訪れたと記録されています。
都心から約1時間半で参道入り口にあるバス停「大山ケーブル」に到着。土産物店がならぶ参道を約15分歩き、ケーブルカーで阿夫利神社駅を目指します。
現在の大山ケーブルカーは、約50年間使用された旧型車両に替わり、2015年10月に運行を開始した新型車両。前面から屋根まで連なる大型曲面ガラスを採用し、すばらしい眺望を楽しむことができます。
当日はあいにくの雨。参拝客も少なく、肌寒い日でしたが、それがかえって「あめふりやま」らしい、神秘的な風景と荘厳な空気を醸し出していました。
大山阿夫利神社の下社拝殿
雨と霧に包まれた大山阿夫利神社の下社拝殿。山頂には本社があり、拝殿の左奥に登拝する参道の正門「登拝門」があります。下社から本社への登山は約90分。急坂も多く、参拝するには登山用の服装と靴を用意することを強くお勧めします。
大山阿夫利神社の下社からは、天気の良い日であれば、相模平野から房総半島まで見渡せる眺望を楽しむことができるそう。
土産物店や食堂が続く石段の坂道。この日は雨の平日ということもあり、営業している店は少なかったのですが、土日祝日や新緑、紅葉のシーズンは、大勢の参拝客、登山者でにぎわうそうです。
参道の土産物店では、山の恵みや豊かな湧水を生かした名物・特産品の数々が販売されています。特産品の大山こんにゃく、山菜を使った食品、さらに、大山阿夫利神社参詣の土産物として知られ、江戸時代中期以降、大山信仰の広まりと共に知名度を高めた「大山こま」もありました。参道は「こま参道」と呼ばれています。
こま参道には、大山の名物である豆腐料理の店も数多くのれんを掲げています。大山豆腐の歴史は古く、江戸期にまでさかのぼるとのこと。
豆腐の製造と保存に適した良質の水があり、修験者が食べ慣れた精進料理でもあったことから、大山の名物=豆腐という図式ができ上がったようです。宿坊でも豆腐のコース料理は定番化しており、宿坊滞在の目的の1つになっているほど。
宿坊 いわ江を訪ねる
本日の取材先である「宿坊 いわ江」に到着。いわ江は、こま参道から川沿いの路を伊勢原駅方面へ歩くこと約10分。静かな山裾にある歴史ある宿坊です。同地の宿坊の多くは、独立した神社として登録されている宗教施設でもあります。
神社であることを示すのが神社・神域と外界を区切る「玉垣」です。「玉垣」には寄進した講社(信仰者の組織)の方の名前が刻まれており、講社と宿坊の密接な関係を見ることができます。
「当宿坊の歴史は古く、江戸時代の最盛期には、年間約2,000人の講社の宿泊者があったそうです」。
こう語るのは、5代目のご主人である和田恭則さん。和田さんは商社マンとして活躍後、家業である宿坊を先代から受け継ぎ、神職の資格を取得。参拝者の阿夫利神社への案内や祈祷を行う「先導師」として、先導師旅館、いわ江を営んでいます。
宿坊と神社が一体化
いわ江は、宿泊施設であると同時に「和田神社」という独立した神社でもあります。その象徴が2階の大きな神棚。一般の旅館では味わえない、敬虔な気持ちになるのも宿坊ならではの体験。
大勢の宿泊者が泊まれる広い部屋を拝見。歴史ある日本旅館の趣を持ちながら、華美な装飾を抑えた清々しい空気感は宿坊ならでは。毎年、春夏の山開きの時期には、埼玉・千葉・東京・神奈川の講社を中心に、大勢の参拝者がこの広い部屋に宿泊するとのこと。
1人から数名で泊まる部屋を拝見。無駄のないシンプルな造りが魅力。また、豆腐料理を始め、ご主人の手作りによる地元産の食材にこだわった食事も高く評価されており、食を目的とする宿泊者も増えているといいます。
主に食事を提供する1階の広間。講社の参拝者で賑わうシーズンには、この広い空間が参拝者で占められるそうです。
家庭のバスタブでは味わえない、芯までじっくり温まりそうなタイル張りのレトロな浴場。窓を少し開けて山の空気を吸いながら、心も体もリラックスできそうです。
あらゆる場所で宿坊として刻んできた長い歴史を実感できることも魅力。その中には、江戸期の講社の名前が刻まれた銘板もあります。いわ江では、希望者に、罪や穢れを落とす「はらい言葉」を墨で書く体験も提供している、とのこと。
和風旅館のような落ち着いた雰囲気に加え、神社仏閣のある場所ならではの心安らかな時間を堪能できる宿坊。泊まるだけでなく、おいしくて健康的な精進料理や伝統的な日本文化を体験できることも魅力。
ときには都会の騒がしさを離れ、清々しい空気の中で、心と体を癒やしてみてはいかがでしょうか?
宿坊 いわ江
神奈川県伊勢原市大山239
Tel0463-95-2024
Fax0463-95-2024