いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、高円寺の「朝日屋」をご紹介。
冷やしむじなそば評論家なんです
今回ご紹介しようとしている「朝日屋」というおそば屋さんがあるのは、前回に続いて高円寺。ただし、住所は中野区になります。環境的にも、高円寺っぽくはないエリアです。
商店街を曲がりながら10分ほど歩くとぶつかる早稲田通りの、「大和町郵便局前」交差点を向こう側へ。はす向かいに見える大和町中央通りを入れば、左側にすぐ見つかるはず。
いい意味で普通な、町のおそば屋さんです。
頑固な職人気質を前面に押し出すお店も、それはそれで魅力的ではあります。けれど本当の意味でリラックスできるのは、地元に根づいたこういうお店だったりしますよね。
「生そば」と白く抜かれた、藍色ののれんも爽やか。建物こそ新築されていますが、よく見れば引き戸は年季が入っています。おそらく、建て替え時に再利用したんでしょうね。そういう姿勢って大切。
引き戸の脇には木枠の看板が立てかけてあり、たぬきやきつね、揚げ餅、揚げナス、納豆などなど、冷たいそばのバリエーションがズラリ。「ザルらーめん」なんてのもありますねえ。夏も終わりということで、ここは冷やしでいくことにしましょうか。
店内は、左右に4人がけテーブルが4卓。左手前には2人席も2卓あり、スペースもゆったりとられています。感染対策も万全だし、これなら安心。
で、迷うことなく冷やしたぬき……ではなく冷やしたぬき……でもなく「冷やしむじなそば」を注文。以前にも何度か書きましたが、僕は世界的にも稀有な、つまりは誰にも知られていない「冷やしむじなそば評論家」だからです。
ご存知ない方のために再度書き添えておくと、「むじなそば」とはたぬきときつねが乗ったそば。「狢(むじな)」はアナグマやハクビシンを指すことばで、要は“きつねでもたぬきでもない”ということで、両方がのったそばをむじなと呼ぶようになったわけです。
僕がどれだけ熱心に「むじな活動」を展開しても一向に浸透しないので、なんだか毎回説明しているような気もします。でも店によってスタイルが微妙に違うので、その差を確認するのも楽しいのです。
たとえばこのお店の場合、そろそろできあがるかなというタイミングで、奥の厨房からシャキシャキと大根をおろすような音が聞こえてきたんですよ。むじなそばに大根おろしがのっているというケースは珍しいので、なにか別なものをつくっているのだろうと思っていたのですが、やがて運ばれてきたお皿を見てビックリ。
きゅうり、たぬき、わかめ、きつね、かまぼこが美しく並んだその中央に大根おろしが盛られ、その上に梅干しまでのっているのです。
これは初めて見るケースだぞ。梅干しが司令塔みたいになっていて、なんだか妙にかっこいいぞ。しかも、いろんな味が楽しめるわけだから、おのずと期待感も高まろうというもの。
白く細い麺は柔らかそうに見えるけれど、食べてみれば強いコシが感じられます。つゆとの相性も抜群で、これは予想以上のクオリティ。
カリッとしたたぬき、ほどよい甘さのきつねなど、各具材にも適度な存在感があるので、味がどんどん変化していくような印象。さらには大根おろしと梅干しが加わるわけですから、まるでカレイドスコープのように変幻自在なむじなそば(その表現はいかがなものかな?)。
うーむ。町のおそば屋さんを侮るべからずって感じですなあ。
お勘定の際にお聞きしてみたところ、昭和44年から続いているお店なのだそうです。ということは今年で52年目か。お父さんは、のれん分けの起源を遡ればさらに長い伝統があるというようなこともおっしゃっていましたが、52年でも100年でも、これだけきちんとした仕事を継承してきたということには大きな意味があると思います。
しかも、そんな姿勢がお客さんにしっかりと伝わっている。次々とお客さんが入ってくる光景を眺めながら、そんなことを感じたのでした。
ここはいいおそば屋さんだぞ。普通だからいいのだ。
●朝日屋
住所:東京都中野区大和町3-2-10
営業時間11:30~15:30、17:00~20:30
定休日:月曜(緊急事態宣言の間は日・祝休業)