いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、高円寺の食堂「三晴食堂」をご紹介。
10数年前にいただいた「弁当」を求めて
「あづま」「コクテイル書房」「藪そば」など、以前取り上げた昭和グルメスポットが並ぶ高円寺・中通り商店街のいちばん奥。そんな、うっかりしていると見落としてしまいそうな場所に、「三晴食堂」という古い食堂があります。
お店の前はしょっちゅう通っているのですけれど、考えてみるとずいぶんご無沙汰。たしか、前にお邪魔したのはもう10年以上以前のことじゃないかな。
だから、ひさしぶりに暖簾をくぐってみようと思ったわけですが、だとすれば絶対に頼みたいメニューがあったのでした。
その10数年前に、「弁当」というベタな品をいただいたんですよ。四角いお重にフライや卵焼き、煮物、漬物、ご飯などが入った、文字どおりの弁当。ちなみにテイクアウトではなくて、お店で食べる式のやつね。
それはもう、上から見ても横から見ても、斜めから見ても圧倒的に弁当。しかも、いろんなものを楽しめるので、食べていてとても楽しかったんですよ。ってことで、ぜひまたあれを食べてみたい。というより、あの楽しさをまた味わいたいと思ったということ。 ですから大きな期待感を抱きつつ、いい感じに色褪せた食品サンプルが並ぶショーウィンドウをチェックしたわけさ。
ところが、ないんですねえ、「弁当」が。僕の記憶に間違いがなければ、以前はここに飾られていたはずなんだけどなあ。もしかして、もうやってないとか? いや、そんなことはないだろう(希望)。
いろいろなことを考えながら引き戸を開けると、数十年前と変わらない光景がそこに。4人がけのテーブルが左右に3卓ずつ並んでおり、左側には大きな鏡。全体的にゆったりとしたレイアウトで、奥の突き当たりが厨房になっています。
そうそう、こんな感じだった。
一気に懐かしくなってしまったわけですが、それより問題は「弁当」です。しつこいようだが「弁当」です。ですから、まずは手書きの短冊をしっかりチェック。どこかにきっとあるはずだから……と思ったんですけど、残念ながらありませんねえ。
ってことは、本当にやめちゃったのかな? だとしたら非常に残念だけど、とはいえゴネても仕方がありません。そこで、今回は生姜焼き定食を注文することにしたのでした。
僕が入った時点では男性客がひとりいて、あとから近所の知り合いらしき女性が入ってきたりもしました。行列ができるような繁盛店ではないかもしれませんが、地元にしっかり根づいていることが見てとれます。
なにも考えずにテレビを眺めつつ、この雰囲気のなかでビールなんか飲めたら最高なんだけどなあと考えたりもしましたけれども、いまのご時世では我慢するしかないですね。
さて、そうこうしているうちに、ひとりで切り盛りされているご主人が生姜焼き定食を運んできてくださいました。
皿には生姜焼きにキャベツの千切り、そしてマカロニサラダ。このマカロニサラダは、弁当にも入っていたような気がするなあ。そして、ひじきの煮物の小鉢にお新香、どんぶり一杯のご飯と、わかめと豆腐の味噌汁。
現代風に取り繕ったところなどなく、昔ながらの正統派というべき生姜焼き定食です。やっぱり、こういう感じがいいですよねえ。食堂に求めるべきは、こういうものですよ。あと弁当(しつこい)。
もちろん味もしっかりしていて、濃いめのたれが絡んだ生姜焼きはまさに絶妙。お新香の漬かり具合もちょうどいいし、ご飯が進んでしまいます。やはり懐かしい感じがするマカロニサラダや、適度な甘さが心地よいひじきの煮物も、箸休めに最適です。
テレビのニュースが流れるだけで無駄な音がしない店内で、ただ黙々と定食を食べる。それだけのことが、いかに幸せであるかを実感することができました。
ところで、やはり気になるのは弁当です。そのことを曖昧なままにして帰る気には慣れなかったので(厄介だな)聞いてみたところ、2年ほど前にやめてしまったのだそう。
「手間ばっかりかかるんで」とのことでしたが、あれだけ充実した内容だったら、たしかに手間はかかるよね。ちょっとだけ寂しい気がしたけど、でも納得もしたのでした。
●三晴食堂
住所:東京都杉並区高円寺北3-10-2
営業時間11:00~20:00
定休日:日曜・祝日