いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、西荻窪の食堂「秀よし」をご紹介。
西荻でお昼に魚が食べたくなったらここだな
お昼を外ですませようという場合、あまり深いことは考えず半ば思考停止状態のまま、惰性でコッテリとした洋食なんかを選んでしまったりすることがありませんか?
僕はよく、そういうことをやらかしちゃうんです。
とはいえ基本的には思考停止状態なので、必ずしも体がコッテリしたものを求めているわけではなかったりもすることもあるわけで。って、なんという矛盾。いずれにしても、あまりいい食習慣だとはいえませんよね。
なんてことを実感したのは、お昼はどうしようかなと思いながら西荻窪北口の神明通りを自転車で走っていたある平日午後のこと。
吉祥寺方面に進むと、人もまばらになってくるあたりに「秀よし」というお店があることは前から知っていました。ちょっと気になっていたのですが、その軒先に出ていた手書きのホワイトボードに書かれていた、4種類のランチメニューが、この日はとても気になってしまったのです。
1.銀サケ塩焼き定食
2.赤魚のカス漬け焼き定食
3.サバの塩焼き定食
4.カツ丼
そう、コッテリ系はいちばん下のカツ丼のみで、上の3つはすべて焼き魚の定食だったんですよ。
非常に渋いセレクションである。しかも堂々と“焼き魚アピール”をされた結果、「そういえば最近、お昼に焼き魚って食べてなかったかも」と改めて気づかされたりもしたり。なにも考えずにハンバーグを頼むより、こっちのほうがずっといい気がするなー。
ということで迷うまでもなく、この店に決定。
引き戸を開けると店内は縦に長く、左側がカウンターと厨房。右側には、テーブル席が2卓あります。それなりの年月を感じさせはするものの、掃除が行き届いていて気持ちがいいですね。
同じようにピカピカに磨かれた厨房には、調理担当のお父さん。お母さんは、お客さんに応対をしています。どちらも70代半ばくらいに見えますが、(とくにお父さんは)動きに無駄がありません。
テレビにはニュース番組。「努力」と書かれた色紙を除けば装飾物のたぐいはなく、きわめてシンプルな、食堂らしい食堂。
「2番の定食をください」とお伝えすると、「はい」と答えたお父さんが調理開始。必要以上に愛想を振り撒くようなタイプではないものの、いかにも職人という姿勢には好感が持てます。
ちなみに2番の「赤魚のカス漬け焼き定食」には「ベーコンエッグ、煮物、おひたし、酢の物付」と書かれており、「ずいぶんいろいろついてくるなー」と感じてはいたのです。
とはいえ気にも止めていなかったのですけれど、まず煮物、おひたし、酢の物と、小皿が4つも出てきたのでビックリ。その後もベーコンエッグと魚のカス漬け焼き、ごはんと味噌汁が続々と登場したので、カウンター上がとても豪華に彩られることになったのでした。
いやー、これで860円は安すぎませんかね?
身がプリプリした赤魚のカス漬け焼きは、脂ものっていて絶品。もちろんハムエッグや小鉢も、ご飯との相性抜群です。ごはんを盛るとき「普通にしますか、少なめにしますか?」と聞かれたので「少なめで」と答えたのですけれど、これだけ充実してるなら、いっそ普通でもよかったかもしれないなあ。太るけど。
なお、入店した際に奥の席で食事をしていた3人の男性が出ていったあとも、単独客や老夫婦などがぽつりぽつりと訪れます。コスパが抜群だし、おいしいし、いろいろな人に信頼されていることにも納得できますね。
「さっき2と3を頼んだんですけど、もう変更はできませんか? やっぱり1と3にしてほしいんだけど」
老夫婦からそんな声がかかった時点ですでに調理は始まっていたようで、厨房のお父さんは少し困った様子。でも、お母さんがすかさず、「いいですよ。2を1に替えるのね。だったら2は私が食べよう」とフォロー。
もちろん、基本的には調理が始まった時点で注文を変更するべきではないでしょう。とはいえ、咄嗟にこういう機転を効かせられるところも昔ながらの個人店の強みかもしれません。
ともあれ、西荻でお昼に魚が食べたくなったらここだな。とってもおいしかったからね。
●秀よし
住所:東京都杉並区西荻北3-11-18
営業時間11:30~14:00(L.O.13:30)、17:00〜19:30(L.O.19:15)
定休日:日曜、祝日、第3水曜日