いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、阿佐ヶ谷の喫茶店「ギオン(gion)」をご紹介。
緑に囲まれた老舗喫茶店
実は恥ずかしながら、一度も入ったことがなかったのです。少なくとも週に一度は前を通るし、いつも気になっていたにもかかわらず。
どこの話かって、阿佐ヶ谷駅を代表する老舗の喫茶店「gion(ギオン)」のこと。
阿佐ヶ谷駅北口を出て、ビーンズ阿佐ヶ谷脇の新進会商店街を入るとすぐ右側です(なお、以前ご紹介した和菓子屋さん「うさぎや」はこの通りのちょっと先)。
緑に覆われた外観には避暑地のような趣があり、とても魅力的。だから一度は入ってみたいものだと思いながら、気がつけば数十年が経ってしまったのです(にしても時間経ちすぎ)。
いつも混んでいて、なかなか入れそうにありませんでしたしね。
でも、そんなことばかりホザいていたら、あっという間に人生が終わってしまいます。だいいち、いつも混んでいるのであれば、混んでいなさそうな時間帯を狙えばいいわけです。なぜ、そんな当たり前のことに気づかなかったのか(バカだからだよ)。
ってなわけで、とある水曜日の午前11時少し前、「この時間なら大丈夫でしょ」と余裕をかましてドアを開けてみたのでした。
……ほぼ満員ですね……。
入って正面のメインスペースに並んでいるテーブル席はすべて埋まっており、左奥のカウンター席にも空きはなさそう。
「まじかー」と軽くショックを受けながら左側を見ると、3卓あるテーブル席のまんなかだけが空いていたので、そこに座ることにしました。
ちなみにすぐ横は、このお店の代名詞でもあるブランコ席。そこでは40代くらいの兄さんがひとり、名物のクリームソーダを楽しまれておりました。
店内を見渡せば、白い壁にテーブルや柱は焦茶色の木材。青い照明がかなり特徴的ではあるのですけれど、不思議と落ち着けます。ひとりでくつろいでいるお客さんが少なくないことにも、なんだか納得できるなー。
さて、せっかくなので、少し早めのお昼にしましょう。
ところで、スパゲティのナポリタンを好きな方ってすごく多いじゃないですか。だから口に出しづらいのですが、僕はナポリタンに心惹かれることがほとんどないんですよね。単なる好みの問題ですけど。
でも、ここのメニューの「軽食」と書かれたページのトップには、どどーんとナポリタンがフィーチャーされています。しかも他はトースト類かワッフル、ピザだというので、さほど期待もしないまま、なんとなくナポリタンにしてみたのでした。
やがて、小さな音量で流れるクラシック・ピアノ(たぶんモーツァルト)の流れる店内に、カウンターのほうからパスタを炒める音が聞こえてきて、そののちナポリタンがお目見えです。
大きな皿の上には、分厚いハムの乗ったナポリタン、サラダ、マヨネーズタマゴが。ちょっと意外なボリューム感ですね。
しかも、食べてみて驚きました。なぜって、予想していた(よくありがちな)ナポリタンとはまったく違ったから。明らかにソースは手づくりで、市販のケチャップ感は皆無。適度に焦げ目のついたパスタも香ばしく、非常においしいのです。
あとからメニューを見なおしてみたら、ナポリタンのところには「じっくり煮込んだ当店独自のソース」と書かれていますね(パスタのことを「メン」と書いてあるあたりもかわいいですね)。たしかに、これは独自と呼ぶにふさわしいわ。
いやいや、いい意味でナポリタンのイメージを覆されました。これを食べるためだ、またお邪魔したいと感じたほどに。
サイドのサラダとマヨネーズタマゴもきちんとつくられており、食べごたえも抜群。予想以上に満足でき、食後はアイスティーをいただきながらゆったりと読書を楽しむことができました。
ふたりの女性店員さんは常に動きまわっており、とても忙しそう。大変だなあと思わざるを得ませんでしたが、だからこそ高いホスピタリティが保たれているのも事実。
すべてにおいて居心地抜群だったので、「どうしていままで来なかったんだろう?」と後悔する一方、「近々また、ナポリタンを食べに来よう」と固く誓ったのでした。
なお帰りに「うさぎや」に寄り、おみやげにあんみつを買ったことはいうまでもありません(夏のおやつといえばこれ)。
●喫茶gion
住所:東京都杉並区阿佐谷北1-3-3 川染ビル1F
営業時間9:00~22:00(金土のみ9:00~25:30)
※緊急事態宣言中は9:00〜22:00
定休日:無休