いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、西荻窪のそば店「やぶ平」をご紹介。
女子大通りにぽつんとたたずむおそば屋さん
西荻窪駅北口を出たら、伏見通りを西へ。以前ご紹介した「ポモドーロ」の角を右折して進むと、女子大通りの「地蔵坂」交差点角にたどり着きます。
駅前商店街のように栄えてもいない、けれど人はそこそこ歩いている、そんなエリア。その角にぽつんとたたずんでいるのが、今回ご紹介する「やぶ平」というおそば屋さんです。
女子大通りは車もしくは自転車で通り過ぎることが多いので、ずーっと気になっていたのです。なぜって、昔ながらのたたずまいがとてもいい感じだったから。
ところがなかなかタイミングが合わず、とくにコロナ禍以降は、訪ねてみたらお休みだったということが何度もあったんですよね。
しかも、ふと見上げてみたら、以前はきれいに整っていた2階の日除けがボロボロになっているし、「もしや閉店してしまったのか?」と思わざるを得なかったわけです。
とはいえどうにも諦めがつかず、近所に用事があったある日、ふらっと立ち寄ってみたのでした。するとパリッとした真っ白な暖簾が出ており、まさかの営業中。
開いていない店の前をうろうろし、写真だけ撮って帰ってきたという、とても怪しい行動を何度も繰り返してきただけに、やっと営業中に当たったという喜びに包まれました(大げさ)。
いずれにしても、暖簾がきれいな店はそれだけで信用できますよね。ということで引き戸を開けたところ、そこには予想外の光景が。13時になろうという店内には3組ほどお客さんがいて、静かにおそばをたぐっていたのです。
そば屋なんだから当たり前ですが、「開いてないことが多かったんだし、お客さんはいないんだろうな」と失礼なことを思っていたので、ちょっとばかり予想外だったわけ。
まず目につくのは、突き当たりの壁にかかった大きな柱時計です。「信一郎さん江」と書かれているので、誰かから寄贈されたものなのでしょう。そして以後はずっと同じ場所で、時を刻み続けてきたのでしょう。
左側の壁には柱時計と同じ漆黒のお品書きがかかっていて、その下が厨房。テーブルは6卓ほどあり、手前右には小さなお座敷席も。
広すぎも狭すぎもせず、お客さんがそれぞれ落ち着けそうな、ちょうどいいスペースです。
この日は暑かったので、個人的な夏の定番「冷やしむじなそば」を注文。以前、高円寺の「更科」をご紹介したときにも書きましたが、「むじな(狢)」とはたぬきときつねが乗っているやつのことね。
ホール担当の女性が厨房に声をかけると、調理場から返答が聞こえてきて調理がはじまりました。
待ち時間にスマホをチェックして驚いたのは、お店のインスタグラムがあったこと。厨房にいるご主人の発案なのかな?
そこに書かれていたことによると、「西荻窪に店を構えて70年」なのだとか。つまり、長らく営業されてきたわけです。ってことは、来るたびお休みだったのは、単に僕が火曜の定休日にばかり訪れていたからなのかもしれませんね。
だとすれば自分の詰めの甘さに呆れるしかありませんが、そんなマヌケ野郎の目の前に、ほどなく冷やしむじなそばがお目見えです。
僕は「冷やしむじなそばを頼めば、その店の実力がわかる」という謎理論を信じて疑わない人間なのですが、だからこそ、これは正しい冷やしむじなそばだとすぐにわかります。
そばの上に水菜、天かす、きつね、チーカマ、そしててっぺんにわさびが乗った、決して派手ではないけれども納得できるビジュアル。
コシのあるそばが、キリッと冷えたつゆと見事に調和しています。ほどよい甘さのきつね、カラッと揚がった天かす、爽やかな水菜、そして、なくても困らない存在であるはずもカニカマまでもが、ちょうどいいアクセントとして機能している感じ。
これは、正しい冷やしむじなそばだな。
デザートに水羊羹がついてきたこともちょっとうれしく、いよいよ訪れた夏の暑さをしばし忘れることができたのでした。
●やぶ平
住所:東京都杉並区善福寺1-8-9
営業時間:11:30~15:00、17:30~20:00