いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、高円寺の喫茶店「七つ森」をご紹介。
宮沢賢治の詩集をオマージュ
東京メトロ丸の内線の新高円寺駅を出たら、すぐ目の前に現れるルック商店街を青梅街道を背にして直進。
ものの数分で、「新高円寺通り」という交差点にたどり着きます。JRの高円寺駅からだと、南口のパル商店街からルック商店街をそのまま10分近く進んだところ。
いたって普通な、小さい交差点です。しかし、ここにたどり着けば、角にある古民家風の建物のことが気になるはず。そこが、今回のお目当てである「七つ森」という喫茶店です。
1978年、つまり昭和53年創業の老舗。聞くところによると、建物はかつてあった長屋をリノベーションしたものなのだとか。だから、取り繕ったような"レトロ風"とはまったく異なる、どこか懐かしい佇まいになっているのです。
知り合いに初めて連れて行かれたのはかなり昔で、それがいつのことだったかはよく覚えていないというのが正直なところ。でも、印象だけは何十年経ってもまったく変わりません。
いつお邪魔しても、時が止まったままのような感じなのです。
もしかしたら、「レトロ」とか「昭和」ということばに置き換えるのがいちばんわかりやすいのかもしれません。しかし、むしろ個人的には「すごく高円寺らしい喫茶店」だと表現したほうがいいように感じています。
店内は広く、右側がカウンター。左側と奥にはたくさんのテーブル席が並んでいます。いい感じにくすんだ白壁が印象的。焦げ茶色の柱や天井にも、古民家時代の味わいが色濃く残っています。
茶色いテーブル、えんじ色のベロア生地が貼られた椅子、古時計やランプ、額縁、シャンデリア、アンティークのタイプライターなど、そこにあるすべてのものに統一感があるところが最大の魅力。
店名は、宮沢賢治の詩集『春と修羅』に出てくる岩手県雫石町の"七ツ森"からとったものだそう。メニューやマッチに描かれたフクロウの絵も、賢治の作品へのオマージュなのでしょう。
ところで考えてみると、僕はいままでこのお店ではお茶しかいただいたことがなかったんですよね。とくに理由があるわけではないのですけれど。
でも、この日はお昼を食べていなかったので、ランチをいただいくことにしました。A、Bと2種が用意されたランチメニューはBが売り切れていたため、Aの「牛肉と木の子のハヤシライス」を頼むことに(細かい話だけど、"きのこ"を"木の子"と書くセンスも好きだな)。
店内にはそこそこの数のお客さんがいましたが、空間がゆったりとしているので窮屈な印象はありません。このときはバリ島のガムラン音楽が流れていたこともあり、ゆったりと落ち着くことができました。
なお店内奥にある棚をササっとチェックしたところ(したのかよ)、並んでいたCDは1960〜70年代のジャズやロック、レゲエ、ワールドミュージックなど多種多様。たしかに、少し古い時代の音楽が似合うかもしれませんね。
さて、サラダとスープに続いて登場したハヤシライスには、なるほど大きな木の子が入っています。濃厚すぎず、でもしっかりとコクがあり、いかにも正統派のハヤシライス。
なお、ライスからはほのかにシナモンの香りが。繊細な舌を持ち合わせていない僕にも、その味わいは心地よいものでした。
食後はアイスコーヒーをいただきながら、しばし読書の時間。邪魔するものがないだけに、本の世界にどっぷりと浸ることができました。読んでいたのが「半グレ」系の本だったのは、ちょっとばかりミスマッチでしたけどなぁ。
ところでお会計のとき、ずっと忘れていたことを思い出しました。Aランチの985円という価格からもわかるとおり、ここのメニューってお釣りに5円玉を出しやすいように設定されているんです。
「ご縁があるように」という思いが込められていると聞いたことがありますが、渡される5円玉にはリボンがついているわけです。
こういう気づかいは、ちょっとうれしいですよね。リボンを外して使うのは申し訳ない気がしてしまうので、その5円玉はずっと財布に残ったままなのですけれど。
●珈琲亭 七つ森
住所:東京都杉並区高円寺南2-20-20
営業時間:10:30~24:00 (L.O.23:30)
定休日:無休