いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、吉祥寺の喫茶店「珈琲の店 プチ」をご紹介。
昭和から続く不思議ワールド
以前から吉祥寺に、気になって気になって仕方がない店があったのです。八幡宮前交差点から三鷹方面にちょっと進むと、吉祥寺本町郵便局の向かいに現れる「珈琲の店 プチ」。
えーと、あくまで喫茶店であり、いまどきのカフェではありません。とはいえ喫茶店としても、かなり変わっている部類に入るのではないかと思われます。
なにしろ建物は古く、入り口はアルミサッシ。鉢に入った植物が枯れていたりして殺風景なのに、レトロな看板は妙にかわいい。
つまり全体的に「バランス」という概念からはかけ離れており、だからこそ気にさせてしまうわけです。しかもですね、僕が通るときにはいつも閉まってるんですよ。まぁ、それはタイミングの問題だと思うのですけれど。
だから営業中に当たる確率は宝くじぐらい低そうだなと持っていたのですが(大げさ)、ある日の午後に通ったら奇跡的に開いていたのでした(大げさ)。
だったら、入ってみるしかないじゃないですか。そこでアルミサッシをカラカラと開けると、なんとも表現しようのない空間が広がっていたのでした。
お客さん用の席がある空間はおそらく土間だった場所で、右に4人がけのテーブルと椅子。僕が座ったのは左側の4人席ですが、そこにあるのは椅子ではなく、畳を加工したベンチ(のようなもの)。ウケ狙いでその席を選んだものの、なんとも微妙な座り心地だったのでした。
奥の一段上がった場所には、厨房らしき空間も見えます。
天井には古いランプが点っていて、壁には絵が飾ってあって、とレトロ感満点……ということで話がまとまればいいのですが、天井の隅のほうには市松模様の提灯が並んでいたり、その下には花(おそらく造花)、扇風機、トランジスタラジオ、お地蔵さんの置き物、パンダのぬいぐるみなどが並ぶ升席のようなスペースがあったり。
そんな空間に、つけっぱなしになったラジオから交通情報が聞こえてきたりするので、まぁケイオスというかシュールというか。けれど、決して居心地は悪くないので困ってしまうんですよね(困りはしない)。
でも、驚きはそれだけではないのでした。
注文したコーヒーを待っていたら、お姉さんが「ご自由に食べてください」と山盛りのお菓子をテーブルに置いてくれるわけです。そこにはキャンディやチョコレートと一緒におせんべいも見えるのに、出てきたコーヒーには別の塩せんべいがついてくるというダブルアプローチ。
いや、それだけではなく、日本茶も。
この時点で、もうなんだかわからないじゃないですか。
とはいえコーヒーは、やや濃いめで苦味が心地よい味。「なかなかしっかりしてるのね」と思いながら塩せんべいをポリポリかじっていたら、そこでまたもや驚きの展開が。
今度はおじさんが登場し、「どうぞ」とお餅の磯辺焼きをテーブルに置いてくださったのです。正月かよ。
磯辺焼きなんてひさしぶりだったし、純粋においしかったのですが、やっぱりよくわからない「おもてなし」。
いや~、外観からして「なにかある」店だとは思ってたけど、想像以上の不思議ワールドだなぁこりゃ。
そしてさらに、もうひとつ未知の事実が。お勘定のときにお聞きしてみたところ、もともとは阿佐ヶ谷北口のスターロードで55年続いていた老舗だったのだとか。
ところが10数年前に立ち退きの話が持ち上がり、そんな矢先に当時の客さんが「ここが空いてるよ」と教えてくれたため、現在の場所に移転したというのです。
看板の当時のものを使っているので、「あそこにあったプチですか?」と聞きに来る人もいるそう。
ちなみにその「当時の客さん」とは、磯辺焼きを持ってきてくださったおじさん。そして、お姉さんのほうは先代の娘さん。
やっぱり情報量が多すぎるぞ。
なお、「いつ通っても空いてなかったんですよ」とお伝えしたら、「午前中、やってないんですよ」との答えが。通るのはいつも午後だった気がするんだけど、まぁいいや。
「開けるのは午後だけど、お休みもいまんとこないんで。いま流行りの時短だから、もともとが(笑)。夜も6時ごろに入っていただければ大丈夫ですし。……あんまり寒かったりしたら、5時半過ぎたら閉めちゃうこともあるけど」
こういうユルさこそが、中央線マインドなんですな。
●珈琲の店 プチ
住所:東京都武蔵野市吉祥寺北町1-19-1
営業時間:午後〜19:00(早めの閉店もあり)
定休日:不定休