いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、高円寺の食堂「タブチ」をご紹介。
令和のいまも、どっぷり昭和な店・高円寺「タブチ」
高円寺駅の高架下に、「高円寺ストリート」という名の商店街があります。"ストリート"などといわれると多少なりとも洗練されたイメージを抱いてしまうかもしれませんけれど、実は超絶ディープなエリア。
いかにも高円寺らしい、個性的なお店が並んでいるのです。
以前はもっとディープっぷりに磨きがかかっていた気もするのですけれど、とはいえやっぱりこのあたりを徘徊していると落ち着くんですよねー。
そんな高円寺ストリート、線路の真下を阿佐ヶ谷方面に数分進むと、やがて右側に真っ赤な看板と日除けテントが見えてきます。そこが、今回ご紹介する「タブチ」。
実をいうと数十年ぶりにお邪魔したのですが、どっぷり昭和なその印象はまったく変わっていません。いや、"変わりようがない"というべきか、"こうでなければいけない"というべきか。
いずれにしても、"レトロ"などということばを使うのがはばかられるほど、「昭和」で「高円寺」そのもの。「昔っから同じようにやってきた、その延長線上にあるだけ」というような感じなのです。
「お、そうか。券売機で食券を買うんだったっけ」と思いながら近づいてみたら、券売機はお金を入れるところがガムテープでふさがれ、「故障 店内でお願いします。」の文字が。
故障といいながらも、修理する気はなさそうな雰囲気もいいですねえ。
ともあれ、そういうことならドアを開け、左側の厨房にいらっしゃったマスターに「牛丼&カレーのW盛り合わせを」とオーダーです。
そうなんです。入り口に出ていた「本日のサービスメニュー 焼肉丼 サラダ みそ汁 つけ合せ ¥560」という看板にも心惹かれたけれど、20代のころに食べた記憶があるこいつを食べずにはいられなかったのですよ。
なんだかワクワクしてきたぞ。
外から見えづらい店内は、ドア右手に4人掛けのテーブルが5つ。この日はまだお昼前だったのですが、すでに若者1人とおじさん1人がおり、僕のあとからも30代くらいの男性が。
混雑こそしないものの、以後も人の流れが途絶えないわけで、さすがは地元に定着した店です。
さて、つけっぱなしになったテレビのニュースを眺めていると、やがて中国人とおぼしき女性が大きなお皿を運んできてくださいました。
これこれ! このプラスチックの皿に盛られた牛丼とカレーのボリューム感。そして人工着色料たっぷりといった色彩の福神漬け。まったく変わってないわー。
最近は柄にもなく「なるべく自然由来のものを」とか「体によさそうなものを」などというようなことを(中途半端に)意識するようにはなっちゃいましたし、もちろんそれだって大切なことではあるでしょう。
でもね、こういう繊細さを真っ向から無視したかのようなメニューを出されると、おのずと気持ちは10〜20代に戻ってしまうわけですよ。
吉野家の向こうを張った(でも太刀打ちできなかった)「牛友チェーン」みたいなB級牛丼屋があった時代へと。
と書いて思ったけれど、これってたしかに牛友チェーンの「牛丼カレー」に近いよなー。もう牛友チェーンはなくなっちゃったけど、唯一の生き残りである大井町の「牛八」まで行って、あちらがいまどうなっているのかを確かめてみる必要はあるかもしれない。
なんて話は置いといて、ここはガツガツといただくのが王道ですね。
牛肉は決して質のいいものではないでしょうけど、じっくり煮込まれているから食べやすさは抜群。牛肉(かな?)、じゃがいも、玉ねぎが入った「ぜんぜん辛くないカレー」も、実に気分でござんす。
しかもね、気持ちがたかぶっているせいか、ボリュームたっぷりであるにもかかわらず楽に食べられちゃったんですよ。胃もたれもしなかったし。
それにしても意外だったのは、(自分も含め)どちらかといえばおじさん層のほうが多かったこと。いまどきの若い子は、こういうお店には関心がないのかな? 考えすぎかもしれないけれど、もしもそうなら、ぜひともどんどん利用していただきたいところです。
本来ならおじさんではなく、若い人たちのためにあるようなお店なのですから。
●タブチ
住所:東京都杉並区高円寺南3-67-1
営業時間:11:00〜22:00
定休日:日曜日