いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。今回は、阿佐ヶ谷の喫茶店「MARU」です。
昭和感満載の喫茶店だが実は……
阿佐ヶ谷駅の北口を出たら、駅を突っ切る中杉通りをそのまま直進。10分ほど進んで左折すると、日大二高通りに出ます。
河北前田病院(駅南口の河北病院とは別)を右に見ながらそのまま進み、「杉並第九小南」交差点を越えてさらに進めば、右側に見えてくるのが今回の目的地である「CAFE MARU」。
1970年代後半によく見かけたような、いかにも"昭和の喫茶店"です。「こういう喫茶店、あの時代にはよく見かけたよなぁ」と、通るたびずっと気になっていたのでした。
とはいっても、なんとなく入りづらいのです。そもそも場所的に、最寄りの駅はないに等しい。なにしろ最短と思われる阿佐ヶ谷駅からも、15分くらいはかかりそうなのですから。
バス通りだとはいえ日大二校通りも人通りが多いとはいえず、早い話が周辺は"陸の孤島"。だから、訪れる人も少ないのだろうなあと、非常に失礼なことを考えていたのでした。
ところが、お昼時だったということもあるのでしょうが、右側に3卓並ぶ4人がけのテーブルは、真ん中のひとつを除いて埋まっている状態。お客さんは手前にひとり、奥の席に3人だけですが、決して広くはないお店なので、そこそこ人が入っている印象があります。
みなさん、周辺の会社にお勤めの方々かな? ということで、空いていた真ん中の4人がけテーブルへ。
なお左側にはカウンターがあるのですが、あとから入ってきたお客さんを「すみません、いっぱいなんです」と断っておられたので、実質的には使われていない様子。
そんなところからも推測できるように、60代後半くらいに見えるマスターはとても忙しそうです。奥の3人はすでに食事を終えてお茶を飲んでいましたが、手前の席の人のための料理をつくるのに集中していたようだったので。
だから、「今日のランチメニュー」と表示のある「豚肉の生姜焼定食」を注文してからも、待たされることは覚悟していました。まったく急いでいなかったし、お店の雰囲気を楽しみたかったので、ちっとも問題なしでしたけれど。
ドアを開けて左側には、たくさんの熱帯魚が泳いでる水槽。その横のテレビのチャンネルは、なぜかテレビ神奈川。
それにしても印象的だったのは、お客さんひとりひとりが、その空間でくつろいでおられたことです。つまりは地域に溶け込んでいるわけで、最寄りの駅がないとはいえ、これはこれできちんと成り立っているのかもしれません。
やがて登場した豚肉の生姜焼定食は、いい意味でオーソドックス。予想していたとおりの、いかにも町場の喫茶店で出てきそうな生姜焼きです。
まずワカメの味噌汁をいただいてみたのですが、思わず小さなため息が出てしまいました。とても懐かしい、家庭の味噌汁の味がしたからです。いいな。
生姜焼きも同じように"普通"。うれしくなってくるほどに、"普通"。高級ではないけれど、そもそも高級感なんか求めていないし、「そうそう、こういうのが食べたかったんだ」という感じ。
ご飯は柔らかすぎましたし、突出した個性があるわけでもないのですけれど、それがいいのです。したがって、これはこれで充分に"アリ"。
食後にはコーヒーを頼んだのですが、ドリップで淹れているそれは、苦味が強目でこれまた好み。基本をしっかり押さえた、オーソドックスな珈琲だなという印象を受けました。
なお、僕がいたときのお客さんのなかに喫煙者はいませんでしたが、基本的には"喫煙者歓迎"のお店みたいです。そういえば、席に着いたらまず最初に灰皿が出てきたな。
帰りがけにお聞きしてみたら、開店してから25年。今年で26年目なのだそうです。え、ちょっと待て。26年前ということは1995年。すなわち平成7年。……とっくに昭和は終わってるやんけー!
つまり厳密にいえば"昭和グルメ"ではなかったことになりますが、けれど、この雰囲気は間違いなく昭和そのもの。現代風に改築して昭和の時代の雰囲気を失ってしまった店よりも、こっちのほうがずっと昭和。
ってことで、ここは"精神としての昭和"を残したお店として尊重したいと思ったのでした。
●CAFE MARU
住所:東京都杉並区本天沼1-3-9
営業時間:月~土10:00~19:00、日10:00~14:00
定休日:無休