いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。今回は、西荻窪の立ち食いそば店「笠置そば 西荻窪店」です。
幸せ感じる本格的な味の立ち食いそばへ
西荻窪駅を南口に出ると斜め右側に、年季の入った飲み屋が立ち並ぶ昭和感満載の路地が見えます。
牛丼の松屋の角からその道を直進するとすぐ左側、丸福中華そば西荻窪店の向かいにあるのが、今回ご紹介する「笠置そば 西荻窪店」。
その名のとおりのチェーン店で、全盛期は各地に点在していたらしいのですが、現在はこの西荻窪店を含む数店舗しか残っていない模様。
僕はここでしか食べたことがないので知ったようなことは書けませんけれど、とはいえなかなかの名店であることだけは断言できます。ときどき無性に食べたくなり、わざわざ自転車を走らせるくらいなので。
まず見逃せないのは、チェーン店っぽさがあまり感じられないこと。系列店が減ったことが影響しているのかどうかは定かではありませんが、雰囲気的には個人経営のお店という感じです。
L字型のカウンターが奥まで続く細長い店内に流れているのは、安定のTBAラジオ。70代とおぼしきマスターは非常に快活で、奥にいるおばあちゃんとことばをかわしながらも、決して手の動きを止めようとはしません。
だから、無条件で安心できるんですよね。
なお、そのカウンターの中央でどーんと存在感をアピールするガラスケースのなかには、揚げたての自家製天ぷらがずらり。セリやあした葉、かぶ、菜の花など他店にはあまりなさそうなものも多く、事実この天ぷらを目当てに訪れる人も多いようです。
ただ個人的には天ぷらがあまり得意ではないので(紅生姜展を除く)、今回はにしんそばに生卵を入れてもらうことに(卵好き)。
ちなみにここは立ち食いそば屋ですが(椅子のあるタイプね)、オーダーしたらすぐに出てくるような迅速性はありません。なぜって麺を茹で置きしてあるわけではなく、注文が入るたびに生麺を茹でてくれるから。
だからそれなりに時間はかかるのですけれど(とはいえ数分)、おかげで驚くほどコシのある、キリッとしたそばをいただけるのです。
だから、ここは早さを求めるのではなく、待つ時間もゆったりと楽しみたいところ。
さて、そうこうしているうち、「はいどうもお待たせしましたー!」というマスターの声とともに、お待ちかねのにしんそばが登場です。
どんぶりの中央に、思っていたより大きなにしんの甘露煮がどどーん。刻んだネギの緑、卵の黄色と、色彩的なバランスもバッチリです。卵の黄身は最初から崩れていましたが、そのあたりはまぁご愛敬。
で、話はそばに戻るのですが、やはり思っていたとおりのクオリティです。なぜってここのそばは、温かくてもなおしっかりとコシを感じさせてくれるのです。
甘めのつゆ、そしてにしんの甘露煮との相性も抜群なので、食べているだけで幸せな気分にすらなってきます。「そんな大げさな」と言われそうですが、そんな幸せ感も、ここのそばの魅力のひとつだと言えるかもしれません。
いくら立ち食いそば屋だからといっても、そばがきちんとおいしいというのは、やっぱりうれしいことですよね。
なお、お店としても生そばには自信を持っているようで、店頭には「美味しい 生そば 5人前600エン つゆ280エン」の手書きPOPも。また時節柄、「年越そば 当店で」(助詞の「は」が抜けてるとツッコミを入れないように)の文字も確認できます。
「立ち食いそば屋で年越しそば?」と感じた方の気持ちもわからないではありませんが、そんな方にはぜひ一度、ここのそばを食べてみていただきたいと思います。
市井の立ち食い蕎麦屋のそばとはひと味違うことが、きっとわかっていただけるはずだからです。
●笠置そば 西荻窪店
住所:東京都杉並区西荻南3-11-7
営業時間:7:30~20:00
定休日:日曜