いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。今回は、シンガーソングライター中山ラビさんが営む国分寺の「ほんやら洞」です。
緑に覆われた外壁に懐かしさを感じる
考えてみると、このお店を訪ねるのは10年ぶりくらいです。それほどのブランクが空いてしまったことに、なにか理由があったわけでもないのですけどね。
いずれにしても、ずいぶんひさしぶり。そもそも国分寺で降りること自体、何年ぶりだろうという感じです。しかし南口に出たら、とても気持ちが落ち着いたので不思議な気分。
20代前半のころは近辺をうろちょろしていたので、記憶のどこかに、まだこの街が息づいていたのでしょう。駅はだいぶ変わっちゃったけど、コンパクトにまとまった駅前の雰囲気は昔とあまり変わらないし。
すっかりいい気分になり、目の前の多喜窪通りを「昔、このあたりにあった古着屋はもうなくなっちゃったんだなー」などと数十年前の記憶を呼び戻しつつ、新宿方面に歩くこと数分。左側にすぐ、鬱蒼とした木の葉に覆われた不思議な店が見えてきます。そこが、今回お目当ての「ほんやら洞」。
京都の文化拠点だったという同名店(数年前に火事のため閉店)をルーツに持つ、伝統あるお店です。カフェではなく、昭和の空気感を正しく引き継ぐ喫茶店。1970年代から、シンガーソングライターの中山ラビさんが経営されています。
白い壁に、木枠の窓と扉。ぼうぼうに絡みつく緑。この雰囲気、10年前とまったく同じだ。もっといえば、初めて訪れた20代のころとも同じ。そのせいか、別に常連だったわけでもないのに、とても懐かしさを感じます。
店内はラビさんが守り続けた落ち着く雰囲気
着いたのは12時ちょっとすぎ。お昼どきだから混んでいるかなと思っていたのですが、なにしろ12時開店なのでお客さんはまだひとりだけ。ゆったりできそうで安心しました。
もちろん店内の雰囲気も昔のままで、ラビさんをはじめとする関係者の方々が、愛情を傾けてこの雰囲気を守り続けてきたことがわかります。
ちなみにラビさんは夜にならないといらっしゃらないそうで、ちょっと残念。10年前にお会いしたことがあるんだけど、考えてみるとあれは昼間ではなく夕方だったのだな。国分寺の人と飲みに行く流れだったからな。
しかし、ラビさん不在でも居心地のよさは変わりません。音楽がアナログっぽい音質で静かに流れるなか、品のよい女性がひとりで切り盛りされていています。
落ち着くなー。まだ中学生だった1970年代に通いつめてた喫茶店って、まさにこういう雰囲気だった。まんなかのテーブル席から店内を眺めているだけで、いろいろな思いがよぎっていきます。
ホロホロな胸肉が絶品のチキンカレー
さて、注文をしましょう。頼んだのは、もちろん「スパイシィチキンカレー(ラッシー付)」。食べたことはなかったのですが、このお店の人気メニューなのだそうです。
読みかけの本を読みながら待っていると、ほどなくして、丸く盛られたライスがかわいらしいスパイシィチキンカレーが登場。スパイスの香りが心地よく、視覚的にも食欲をそそられます。
うれしかったのは、鶏が胸肉だったこと。僕、鶏肉では絶対的胸肉派なんですよ。煮込まれた胸肉は、スプーンを入れるだけでホロッと崩れます。しかもカレーは辛すぎず、それでいてピリッとほどよい刺激があり、とてもよいバランス。
先に来ていたお客さんが帰っていった店内に聞こえるのは、女性ヴォーカルと、スプーンがお皿に当たる小さな音のみ。「時が止まったような」という表現には使い古された感がありますが、それでもぴったりあてはまります。
カレーは文句なしにおいしかったし、食後のラッシーも爽やか。非常に満足したのですが、ひとつだけ思いが残りました。こういう喫茶店でおいしいカレーを食べたなら、やっぱりコーヒーも飲みたいなと。そこでコーヒーを追加オーダーし、また読書をしていたところ、やがて60代くらいの夫婦が静かに来店。
カウンター席に並んで座り、小さな声で話すその後ろ姿を見ていたら、「もしかしたら、数十年ぶりに来たのかもしれないな」などと余計なことを考えてしまいました。
余計なお世話ですよね。でもこのお店は、ついそんなことを想像させてもくれるのです。次は、夜に来てみよう。
●ほんやら洞
住所:東京都国分寺市南町2-18-3 B09
営業時間:12:00~25:00
定休日:なし