いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。今回は、阿佐ヶ谷の名曲喫茶「ヴィオロン」です。
1979年創業・名曲喫茶の店内とは
阿佐ヶ谷駅北口からスターロードを抜ければ、ほんの数分で周囲は閑静な住宅地になります。飲み屋の目と鼻の先に普通の一軒家があったりするので、考えようによってはユニークかもしれません。
で、古い和菓子屋さんなどを横目に見ながら荻窪方面に少し進むと、やがて右側に見えてくるのが今回ご紹介する「ヴィオロン」。
かつて中野にあった伝説的な名曲喫茶、「クラシック」のオーナーと深い交流があったというオーナーが、1979年に創業した老舗です。つまり今年で41年目ということになるんですね。
初めて訪れたのは、たしか30年くらい前だったかな。しかも、最後に伺ってからも、ゆうに20年は経っている気がします。
だから、ずいぶんひさしぶり。
それはそうと、初めて足を踏み入れた人は、きっとこのお店には驚かされることになると思います。なぜって、オーナーが自ら設計を手がけたという店内が、とても特徴的だから。
突き当たりに鎮座するスピーカーを中心とした、シンメトリーなレイアウト。スピーカー前の中央の席は一段低く、そのスペースを囲むような構造になっているのです。
わかりやすくいえば、コンサートホールをそのままコンパクト化したような感じ。
右側にはアップライトピアノもあり、古い絵やランプ、時計、そしてレコードが店内のいたるところに置かれています。
ドアを開けてすぐ正面、手前に3つ並んだテーブルの右側に座りました。左側には男性がひとり熱心になにかを書いていて、右斜め前の席では女性が本を読んでいましたが、他にお客さんはなし。
アナログ・レコードによるオーケストラの演奏が、ちょうどいい音量で空間を満たしており、流れる空気にさえ穏やかな印象があります。
伺ったとき、オーナーは奥に引っ込んでいたのですが、なにしろここは名曲喫茶。「すいませーん!」なんて声を出すわけにもいかず困っていたら、隣の男性が気づき、片手を上げて僕のことを伝えてくれました。
登場したオーナーの印象も、数十年前と変わっていないような気が。向こうはきっと憶えていないだろうけれど、なんとなく懐かしく感じます。
注文したコーヒーを運んできてくださったとき、「コーヒーは、そのままでいいですか?」と聞かれました。一瞬なんのことかわからなかったのですが、そういえば、ここではコーヒーにブランデーを入れてもらえるのでした。
そこでお願いすると、慣れた手つきでコーヒーカップにブランデーをサッサッと。心地よいほのかな香りも、昔を思い出させてくれます。
レコードが終わると、横にいた常連さんがオーナーと、次にかけるべきレコードをなににすべきか静かに話し合っています。ノートには、かかるレコードのことを書いていたのかな?
斜め右の女性も書類と自分の世界に入り込んでおり、各人がそれぞれのペースでこの空間を楽しんでいることがわかります。そこで僕も、しばし読書に没頭することに。
それにしても、すばらしい音です。日常的にはハイレゾなどのクリアなデジタル・サウンドに慣れ親しんでいて、それを快適だと感じてもいるのですが、ここで聴ける音にはまた別の魅力が。
柔らかで温かみのある音の粒が塊になって、瞬間ごとにその形を変えながら、聴いているこちらの体を包み込んでくれるように感じるのです。角が立っていないから聴き疲れもしませんし、そういう意味では、これこそが本当の意味での"いい音"なんだろうなと実感させられます。
ちなみにここは、日中がレコードをかける「レコードタイム」、そして夕方以降がライブ演奏をする「ライブタイム」となっています。
昔、知り合いのボサ・ノヴァ系ミュージシャンがここでよくライブをやっていましたが、そんなことからもわかるとおり、ライブはジャズからワールド・ミュージックまでオールジャンル。
ほぼ毎日ライブが行われていることにも驚かされます。
●音楽とコーヒー ヴィオロン
住所:東京都杉並区阿佐谷北2-9-5
営業時間:レコードタイム 12:00~18:00、ライブタイム 18:00~20:00
定休日:火曜