いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。今回は、高円寺にある甘味処「あづま」です。

  • 外観からしぶ~い甘味処「あづま」(高円寺)


食事に定評のある甘味処とは

以前ご紹介した「薔薇亭」「コクテイル書房」「藪そば」などが並ぶ高円寺の中通り商店街に、いかにも高円寺といった感じの、しぶ~いお店があります。 すすけた日よけ看板、レンガ調の外壁、年季の入った木製扉などなど、徹底的なレトロっぷりが魅力的すぎる「甘味処 あづま」。

  • 中通り商店街の真ん中あたり

ショーウィンドウにあんみつやおしるこが並んでいるところからわかるとおり、基本的には「甘味処」。なのですが、実はここ、中華そばがおいしいお店としても知る人ぞ知る名店なのです。

  • ショーウィンドウの煤け具合も味

これぞ東京の味というべき、すっきりとした昔ながらの中華そば。甘味処のサイドメニューというレベルではなく非常に質が高いので、初めて食べたときにはとても驚かされた記憶があります。

ただね、そんな中華そばを食べていたあるとき、後ろの席から聞こえてきた会話がずっと気になっていたのです。

「カレーとコーラ!」と注文をしたその人は、一緒にいた人に「ここはカレーがうまいんだよ」と説明していたんですよね。

僕の頭にあづまは「中華そばを食べる店」とインプットされていたので、カレーライスがあるなんてことにはまったく気づいておらず(それもどうかと思うけど)、その人の話で初めて知ったわけです。

で、改めてメニューを見てみたら、たしかにカレーライスや、焼めしなどもあるんですね。知らなかったわー。

と、ずっと思っていたので、そろそろカレーライスをいただくことにしようと、ひさしぶりでお邪魔してきたのでした。

  • レトロで、どこかモダンな店内

なお、当然ながら店内もレトロの極み。壁の大半は茶色い木製ですが、部分的にエメラルドグリーンが配されているところがおしゃれ。広いテーブルとモスグリーンの椅子も、全体の雰囲気に溶け込んでいます。

他にもドア横の古い格子柄が施されたガラス窓、天井のモダンな照明など、昭和の時代の美意識が随所に感じられるのです。

  • アイヌの彫刻もいいアクセントに

  • 昔ながらのガラス窓がおしゃれ

で、当然のことながらカレーライスを注文。奥様がそれを伝えると、厨房にいるご主人が調理を始めた模様。ほんの数分で、お目当ての逸品が目の前に登場しました。

先に白状してしまうと、カレーライスを食べるためにお邪魔したとはいえ、それほど期待していたわけではなかったのです。なにせ甘味処のカレーですから、軽い感じで、量も少なめなんだろうって勝手に思っていて。

ところが、予想は大きく外れたのでした。目の前に現れたカレーライスは見るからに手がかかっていて、しかも予想以上にボリュームがあったからです。

  • 見た目も魅力的な「日本のカレー」

でも考えてみると、中華そばの完成度があそこまで高いのですから、中途半端なカレーを出すはずもないんですよね。

スパイス感もしっかりあって、とろみのついた欧風カレー。いや、正統的な日本のカレー。好みにもよるでしょうが、サラサラタイプのカレーよりもこういうタイプのほうが圧倒的に好きな僕にとっては、まさに大当たりです。

  • ボリュームもたっぷり

つけ合わせの福神漬けの人工的な赤さも、昭和の食卓を彷彿とさせていい感じ。まさに、長く守り続けてきた味といった味わいの、昔ながらのカレーです。

「じゃあ、行ってくるから」

カレーに魅了されていたら、厨房から出てきたご主人がアルミニウム製の岡持を持って出前に行かれました。おそらく70代だと思われるだけに、調理と出前をひとりで担当しているとは驚きです。

でも、こうやってこのお店はずっと、高円寺のこの地で営業を続けてこられたんですよね。それだけでも尊敬に値します。

さて、カレーを食べ終えたら、コーヒーが飲みたくなりました。そこで奥様に「コーヒーをください」と声をおかけしたところ、「うち、コーヒーないのよ」という意外な返答が。

甘味とラーメンやカレーだけでやってきたのだそうです。言われてみれば、手書きのメニューにコーヒーの文字はありませんね。そうか、言われて思い出した。これまでは、妻につきあって食後にあんみつを頼んでいたのだった。

基本は甘味処ですものね。しかしそう考えた結果、甘味処のカレーのおいしさを、改めて実感したりもしました。

  • 思わずあんみつを頼みたくなります


●甘味処 あづま
住所:東京都杉並区高円寺北3-2-14
営業時間:11:30~20:30
定休日:月曜・木曜