いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。今回は、御茶ノ水の喫茶店「珈琲 穂高」です。
木のぬくもりあふれる店内へ
御茶ノ水駅の聖橋口を出て、目の前の茗渓通りを左方向。ほんの数十秒で左側にログハウス風のお店が現れます。それが、今回ご紹介する「珈琲 穂高」。
そこにあることはかなり以前から知っていたものの、訪れたのは今回が初めて。ちなみに創業は昭和30年だというので、僕よりずっと年上です。
ところで店頭にかけられた木製プレートには「珈琲 穂高」と書かれているのですが、よく見てみれば「珈琲」のあとに続く「と山の音楽」という文字が塗りつぶされています。どんな事情があったかはわかりませんが、もともとは「珈琲と山の音楽 穂高」だったのですね。
ドアの横には飛騨山脈の穂高岳のものだと思われる「穂高」と書かれた金属プレートが貼られていますし、山(と音楽)好きな方が始められたお店なのでしょう。
店の外側右部分は、緑に覆われています。新しいビルやお店が立ち並ぶ周辺とは趣が異なるのに、無理なく周囲に溶け込んでいるところが素敵です。
店内に足を踏み入れると、まずは正面の大きな窓から見える鮮やかな緑に目を奪われることに。その向こうには神田川が流れているわけですが、見た目には避暑地のような感じ。とても御茶ノ水の駅前だとは思えません。
左側にはカウンターがあり、広い店内にはゆったりとしたテーブル席が多数。それぞれの席で、お客さんがくつろいでいます。
「お好きなお席へどうぞ」と声をかけていただいたので、店内を見渡せる手前右側の席を選びました。
やがてテーブル席がすべて埋まってしまったのですが、そのあとに入ってきたお客さんに対しては「すみません、あいにくテーブル席がすべて埋まっておりますので、カウンターでよろしいでしょうか?」と店員さん。
いまは入店と同時に「こちらの席へ」と座席指定をしてくるお店も少なくないだけに、客側の自由度を優先してくれる配慮が素敵だなと感じます。そういうちょっとしたところに、お店の本質が表れますよね。
店内にBGMは流れておらず、ときおり、お客さんやお店の方の会話が聞こえてくる程度。だから看板から「山の音楽」が消されているのですね(どういう理由があったのか、やっぱり気になるけど)。
でも、その"無音"状態は、どんな音楽よりも心を癒してくれる気がします。
8月下旬のこの日はとても暑かったので、店頭に貼ってあった「冷た~い アイスコーヒー 650えん」という水色の張り紙に誘われてアイスコーヒーをオーダー。
すぐに登場したアイスコーヒーは、長く使われているのであろうレトロなグラスも魅力的。見た目にも、暑さを忘れさせてくれるようです。
しかも、チェーン店ではお目にかかれないような、昔ながらの手づくりの味。
特に意味はないけれど、最近は打ち合わせ時などにはストレートのアイスティーを頼むことが多いので、アイスコーヒーを飲むこと自体がひさしぶり。そのせいか余計に懐かしさがあり、ほっとリラックスできたのでした。
そこでバッグから読みかけの本を取り出し、しばし読書の時間。視覚的にも聴覚的にも邪魔になるものがまったくないだけに、本の世界にどっぷりと浸ることができました。
たまに聞こえてくるオーナーの男性と店員さんとの会話さえも心地よく感じるのは、家族のような暖かさがそこにあるから。良好な人間関係が保たれているんだろうなと感じることができるのです。
あくまでもお客さん優先で、ルールの類や押しつけがましさは皆無。だから、安心して静かな時間を楽しむことができるお店だと言えると思います。
本来なら喫茶店にあるべき(チェーン店には決してない)心地よさが残っているわけで、とても気に入りました。
「どうして、いままで来なかったんだろう? こんなにいい店なら、もっと前から利用していればよかった」と、ちょっと後悔してしまったほどに。
●珈琲 穂高
住所:東京都千代田区神田駿河台4-5-3 御茶ノ水穂高ビル1F
営業時間:[月~金]8:00~21:00、[土]8:00~19:00
定休日:日曜・祝日