いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。今回は、吉祥寺の喫茶店「茶房 武蔵野文庫」です。
忘れられない「絶品カレー」を求めて……
「カレーとコーヒー」という取り合わせは、昔ながらの喫茶店の魅力のひとつと言えるのではないでしょうか?
こだわりがどうのとか、決してそういう面倒なことは主張しない。けれど、カレーがしっかりおいしい。BGMのクラシックもしくはジャズを聴きながらいただく食後のコーヒーも、もちろんおいしい。
そんな感じ。それこそ、いまどきのカフェにはない、喫茶店ならではの持ち味だと思うわけです。
で、そう考えた場合、僕のなかでの理想的な店は、吉祥寺・東急百貨店の裏にある「武蔵野文庫」ということになります。"イマドキ"ではなく、かといって古すぎもせず、お客さんも落ち着いた方が多いので、そこにいるだけでホッとできるから。
そして、なんといってもここのカレーが絶品なのです。わずか2駅しか離れていない街に引っ越してからは、なんとなく足が遠のいてしまっていたのですが、それでもあのカレーのことは、ちょくちょく思い出していたんですよね。
そこで、ある水曜日の午前中、ひさしぶりに足を運んでみたのでした。着いたのは11時半ごろだったので、まだ人はまばらです。
広々とした店内は、右側にテーブル席が並び、左側にはカウンター。「お好きな席へどうぞ」とのことで、奥のほうの席へ。
で、サラダとドリンクがついたお目当ての「カレーセット」をオーダー。もちろんドリンクはコーヒーです。
カウンター席では、常連らしきおじさんが、マスターと世間話をしています。でもうるさくはなく、BGMのクラシックもしっかり聞こえてきます。いつもと変わらない、平日の午前中という感じ。やっぱり落ち着くなー。
守り続けられたこだわりカレーに感動
ほどなくしてスプーンとフォーク、たっぷりと水の入った大きなポット、薬味などがセットされ、次いでサラダが登場。
キャベツにドレッシングがかかり、半分に切ったプチトマトがのったシンプルなサラダですが、シャキシャキしていて新鮮。しっかり手がかかっていることがわかります。そんなサラダのおいしさに気をとられていたら、続いてお待ちかねのカレーが運ばれてきました。
これこれこれ! これですよ! 昔とまったく変わっていないので感動し、興奮し、思わず声を出しそうになってしまいました(カレーを見て声を上げるひとり客は怪しいので注意)。
大きな鶏の胸肉、ゴロッとしたジャガイモ、スライスされたにんじんと、具材の見た目がそれだけで食欲をそそります。
ひとくち食べてみると、複雑に絡み合うスパイスの香りが。鶏の胸肉もスプーンで簡単に切れるほど柔らかく、脇役であるはずのジャガイモやにんじんもしっかりおいしい。
あくまで"普通のカレー"なのですが、その"普通"のクオリティが非常に高いのです。
吉祥寺には「まめ蔵」という有名なカレー屋さんがあり、そちらも文句なしにおいしいのですけれど、こちらも専門店に負けず劣らずの素晴らしさ。お昼になるとカレー目当てのお客さんで混むのですが、それも当然すぎる話。みんな、ここのカレーのおいしさを知っているのです。
なお、ラッキョウなどの薬味や粉チーズをかけると、微妙に味が変わるところもポイントのひとつ。ひと皿のカレーで、さまざまな味が楽しめるわけです。
もちろん、食後のコーヒーも文句なし。昔と変わらない苦味が、初めて訪れたときのことをさりげなく思い出させてくれるような印象です。あ、そうそう。カレーの皿やコーヒーのカップ&ソーサーなど、落ち着いた食器もまた、このお店の魅力ですね。
帰りがけにお声がけしたマスターによると、開店は1985年なのだとか。ということは昭和の終わりのほうということになりますね。もっと前からあったような気がしていたから、ちょっと意外だなー。
でも、いかにも80年代っぽいわけでもなく、ましてや時代に迎合したりもせず、きのうと同じように、きょうもここにある。そんなあり方が、武蔵野文庫の魅力なのだと思います。
●茶房 武蔵野文庫
住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町2-13-4
営業時間:9:30~22:00(LO21:30)
定休日:月曜日、火曜日