いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、中野の甘味処「梅家」をご紹介。
中野の甘味処「梅家」
中野駅北口を出ると、駅前広場のすぐ向こうに見えるのが「サンモール」。かの有名な「中野ブロードウェイ」へと続くアーケード商店街で、以前ご紹介した「喫茶ノーベル」もこの通り沿いにあります。
今回ご紹介する「梅家」は、そのもう少し先。三番街を越えて、ブロードウェイのちょい手前の右側です。
このお店のなにがいいかって、いうまでもなく昔ながらの店構えですよ。サンモールは多くのチェーン店や大型店舗が並ぶ賑やかな通りですが、ここだけは別格。昭和の時代から時間が止まっているような雰囲気なのです。
なにしろ、昭和31年創業なんですぜ。つまりは1956年だということで、昭和の東京オリンピックより、もっと前から存在していたことになります。
お店の正面左側は店頭販売(こういうお店の場合、テイクアウトなどとは呼びたくない気がします)になっており、お目当ての品を買って帰る人の姿もしばしば。
そんなところからも、ここが特別な場所ではなく、地元の人にとっては"日常の延長"であることがわかります。
でね、右側に出ているショーウィンドウからも想像できるように、その日常は奥へと続いていくんですよ。
のれんをくぐって進むと、狭めの間口からは想像できないくらい奥行きのある喫茶スペースが待っているわけだ。
甘味だけでなく食事ができることもあり、いつも賑わっている印象があったんですよねー。事実、入れなさそうで諦めたこともあったし。
でもこの日はランチタイムをとうに過ぎていたので、お邪魔した際にお客さんの姿はなし。
「やったぜ、独り占めだぜ」と思いながら手前右の席に落ち着いたのですが、ほどなく常連とおぼしき80代後半くらいのおじいさんが来店。かくして、いちばん奥に座ったその人と、この渋い空間を共有することになったのでした。
それはともかく、まだお昼を食べていなかったんですよ。そこでなにか食べようと壁のメニューを眺めてみれば、「季節の炊き込みご飯」とか「おでん定食」とか、魅力的な"甘味処の食事メニュー"がずらり。ラーメンやぞうすいもありますが、こういうお店のラーメンって間違いなくおいしいよね。
ただ、じつはこの時点で15時だったのです。お昼ごはんというよりは"おやつの時間"というべきタイミングだったので、がっつり食べちゃうのもなんだかなーって感じだったんですよね。
そこで今回は、前から食べてみたいと思っていた「お好みずし」にしてみました。
この店の代表的なメニューでもある、のり巻といなりのシンプルなセット。「お好みずし」っていうネーミングも、なんだか気取ってなくていいじゃないですか。のり巻とかいなりずしを食べる機会って意外と少ないし、期待が高まります。
ほどなく登場したそれは、予想を裏切らないルックス。
丸いお皿にいなりずしが3つと、かんぴょう巻きが2つ、そしてガリ。別皿にはお新香と、椎茸がたっぷり入ったお吸い物もついています。
この地味さがいいですよね。いまの時代は見るからに華やかな食べ物も多いけれど、詰まるところ、こういう昔ながらの感じがいちばん落ち着くかもしれない。
白胡麻のかかったおいなりさんは、甘く煮込まれたいなりと、ふっくらとした酢飯との相性が抜群。食べるごとに、子どものころの記憶が蘇ってくるような気がします。
でもそれは、かんぴょう巻きにもあてはまること。そもそも、かんぴょう巻きと再会したこと自体がずいぶんひさしぶり。酢飯に包まれ海苔で巻かれたかんぴょうちゃんは、なんともかわいいやつです。しかも食べてみれば、これまた懐かしい味わい。
箸休めにいただくガリも控えめな味で爽やかだし、肉厚の椎茸と三つ葉がたっぷり入ったお吸い物の風味にもホッとさせられます。
こういうメニューって、日本人の記憶をいい具合に刺激してくれますよね。
次はぜひとも、気になるラーメンを食べてみたいところ。でも、これからの季節はおでん定食やみそうどんもいいだろうなあ。いや、季節感を楽しみたいのなら、「田舎しるこ」や「おぞうに」あたりも外せないぞ。なんといっても、ここは「甘味処」なんだから。
ってなわけで、食べてみたいものはまだまだたくさん。中野サンモールに脚を運ぶ機会は少なくないので、これからひとつずつクリアしていきたいと思います。
あ、そういえば今晩もブロードウェイの近くで飲み会があるんだった。せっかくだからその前に寄ろ……うかと思ったのですが、18時までしか開いていないんでしたね。なにしろ甘味処だものね。
●梅家
住所: 東京都中野区中野5-58-6
営業時間: 10:00~18:00
定休日: 不定休