いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、荻窪の寿司店「蛇の目寿し」をご紹介。
創業68年、正統派スタイルの寿司店
北口から青梅街道沿いを西に15分ほど進むと、「八丁」という交差点にたどり着きます。ただし、歩けなくはないとはいえそれなりの距離ではあるので、いっそバスに乗っちゃったほうがいいかも。
いずれにせよ、バス停からも近いその交差点を左折すると、すぐ左側にお寿司屋さんが現れます。そこが今回ご紹介する「蛇の目寿し」。
駅から遠いし大通りからも外れているだけに、決して営業に向いた環境ではなさそう。しかし、それでも創業は昭和30年とのことなので、なんと今年で68年目ということになります。
いかにも昔ながらの寿司屋さんってな感じの外観にもインパクトがあるし、ずっと気になっていたんですよ。そこである平日のお昼ごろ、ランチで利用してみることにしたのでした。
店内に入るとすぐ目につくのは、右側の大きなカウンター。その向こう側の厨房では、白衣の似合う高齢のご主人がキビキビと動いていらっしゃいます。
「ランチをください」と伝えてから、お母さんが持ってきてくださったお茶をひとくち。
店内は意外に広く、全体的にゆったりと空間がとられています。左側には座敷席もあるので、宴会にも問題なく対応できそう。
ちなみにカウンターのいちばん奥には、ご主人と同じくらいの男性客の姿が。やがて入ってきた女性と待ち合わせていたようですが、どちらも常連さんのようですね。お店の方と常連さんとの距離感が心地よく、いかにも地元のお寿司屋さんという感じ。いい雰囲気だなあ。
いつの間にやら、寿司といえば回転寿司を使うようになっておりましたが、考えてみると昔は、地元のお寿司屋さんって特別な存在でしたよね。子どものころ、たまに親に連れていってもらったりするとドキドキしたものだよなあ。
さて、雰囲気を楽しみながら待っていると、まずはレタスにキュウリ、トマトのシンプルなサラダが運ばれてきました。
とてもみずみずしく、適度にかけられたフレンチドレッシングの味も邪魔になりません。
続いてはお椀の登場です。
ふたを開けてみたら、ネギと一緒に海老の頭が2つも入っていたのでビックリ。
もちろん味も抜群で、海老の旨みがたっぷりと出ていてとてもおいしい。いいなあ。ランチといえども手を抜かず、きちんと仕事をしていらっしゃることがわかります。
だからこの時点で、このお店は正解だと確信を持つことができたんですよねー。
そしてほどなく、お待ちかねのにぎり寿司がお目見え。
寿司下駄の角がほどよく丸まっているあたりもいい感じです。きっと、長らく使い込まれてきたのでしょう。つまり寿司下駄にさえ、このお店の歴史が刻まれているということ。
ネタはまぐろの赤みが2冠と、とび子、帆立、イカ、タコ、玉子、カッパ。眺めているだけで、昔ながらの正統派スタイルに納得できます。
味も申し分なく、ひとつひとつのネタはどれも新鮮。いたって当たり前のアプローチが貫かれているからこそ、素材の持ち味がはっきりと引き出されているように感じます。
だから、しっかりと味わいたくて、あえてゆっくり時間をかけていただいたのでした。
とはいえそれでも時間は経ってしまうわけで、甘みもほどよい玉子で〆ることに。「おいしかったなあ」と余韻に浸っていたら、お母さんがデザートを持ってきてくださいました。これがまたすばらしい。
西瓜が2切れとキーウィ、ブドウが2粒。ガラスの食器も涼しげで、いただきながら「夏だなあ」と感じたりもしたのでした。
このお店の前はしょっちゅう通っていたのですけれど、実際に引き戸を開けてみるまでにはかなりの時間が経ってしまったのです。「急がなくても、いつでも来られる」という気持ちがあったし、正直なところ期待感もさほど大きくはなかったし(失礼ですね)。
でも、本当にいい意味で予想を裏切られました。仕事はていねいだし、味もいい。押しつけがましさのない雰囲気も含め、「ここは正しいお寿司屋さんだな」と感じられるものが間違いなくあったのです。
駅から遠かったりするとそれだけで足が向きにくかったりもしますが、意外なところに意外な名店があるものなのですね。
●蛇の目寿し
住所: 東京都杉並区上荻2-37-5
営業時間: 11:30~20:00
定休日: 火曜日