いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、阿佐ヶ谷のそば店「松月庵」をご紹介。
メニューには無い「冷やしむじなそば」をリクエスト
ずいぶん前になりますが、阿佐ヶ谷北口・松山通り沿いの「松月庵」というおそば屋さんをご紹介したことがあります。なかなか味わい深いお店ではありましたが、それはともかく松月庵に関しては気になって仕方がないことがあったのです。
同店からほんの数分、早稲田通り沿いの関東バス阿佐ヶ谷営業所はす向かいにも、同じ名前の店があるのです。さらにいえば、松山通りと早稲田通りの間にある日大二校通りにも同名店があるしなあ。
のれん分けしたお店だと考えれば納得できるのかもしれませんけれど、とはいえ近すぎませんかねえ。コンビニのドミナント戦略ならまだしも。
そこで先日、早稲田通りのほうのそちらにお邪魔してみたのでした。
古い建物の正面右側にはエアコンの室外機が2台設置されており、その上にはたくさんの植木鉢が並んでいます。お店の方の趣味なのでしょうか、白い壁と緑がよく似合いますね。
左側には食品サンプルの並ぶショーウィンドウがあり、中央にのれんのかかった入り口。ごくごく一般的な店構えですけれど、変に奇をてらっていないところに安心させられます。
店内は左側にテーブルが2卓並んでいますが、なんとなく居心地がよさそうに見えた右奥のテーブルへ。
ひとりで切り盛りされているらしいお母さんが、すぐに麦茶を持ってきてくださいました。
とても人当たりのいい方だったので、思わず注文する前に尋ねてしまったんですよ、「ここは、松山通りのお店と関係があるんですか?」と。ところが、予想していなかった答えが。
「よく聞かれるし、問屋さんからも間違えられるんだけど、全然関係ないのよ」
なんと、まさかの無関係。ほぼ間違いなく「親戚なんですよ」みたいな答えが返ってくるんだろうなと思っていたので、これは意外すぎる展開だ。正直なところ、「親戚だったりしたら、入ってみたとしてもあまり差は感じないのかもしれないな」などと思っていたりもしたので、これは予想外の収穫だともいえます。
ところで何度か書いたことがありますが、僕は日本で唯一の(たぶん)「冷やしむじなそば」(たぬきときつねがのったそば)評論家です。「なんだよそれ?」と聞かれても、本人がよくわかっていないので答えようがないんですけどね。しかしまあ夏になると、各地のおそば屋さんでこれを頼み、その差を探求(ってほどでもない)したくなるということよ。
お聞きしたところ、こちらのメニューにはないそうなのですが、つくっていただけるとのことだったのでお言葉に甘えることに。
待っている間、店内にずらりと並ぶメニューを確認。「天ざる」「天丼」などオーソドックスな品に加え、「チャンポンうどん」「麻婆うどん」「冷やしスタミナうどん」など気になるものもいくつかあります。
あとから気づいたんですけど、よくみれば店頭には「そば 手打ちうどん」との表記があったんですね。
そうか、手打ちうどんが売りだったのか。しかし、そうはいっても冷やしむじなそば評論家なのだ。ここは、あえて焦点を絞ろうではないか。
などとどうでもいいことを考えていると、「はい、お待たせしましたあ」という元気な声とともに、待望の冷やしむじなそばが登場。
洋風にも見える白いどんぶりに入っているところが意外でしたが、そのルックスは「美しい」のひとこと。
きつねとたぬきはもちろんのこと、水菜、大根おろし、ネギ、かまぼこ、カニカマなどトッピングが色鮮やかで、そのルックスが食欲を心地よく刺激してくれるのです。
冷たいそばにもキリッとしたコシがあり、喉越しも爽やか。食べ進めるごとにさまざまな素材の風味が感じられ、とても新鮮な気持ちになれたのでした。
とくに感動したのは、ほどなく刻んだミョウガが現れたとき。
僕の知る限り、冷やしむじなそばにミョウガが入っているというケースは初めてです。でも、とてつもない暑さを忘れさせてくれるような爽快感がありますね。
帰りがけ、「ミョウガが入ってたのでうれしかったです」と告げると、「夏だからね」とお母さん。そのひとことがまた、清涼感を高めてくれたようにも思えました。
●松月庵
住所: 東京都杉並区本天沼1-27-10
定休日: 土・日曜