いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、荻窪のそば店「丸屋」をご紹介。
落ち着く店内で、そばと玉子丼を堪能
玉子丼のことがずっと気にかかっていたんですよ。
親子丼ではなく、玉子丼。人気という点では親子丼に負けてしまうのかもしれませんけれど、あえてシンプルな玉子丼を食べたい。そんな思いが、淡い状態のまま、頭の隅のほうにいつもあったのです。
ここ数年の話かな(そんなにかよ)。
一方、自宅から決して遠くない場所に、やはり頭から離れなかったおそば屋さんがあったんですよ。しょっちゅう前を通ってはいたんだけど、近いからこそ「いつでも来られる」ということになってしまい、いつまでたっても入れなかったという(ありがち)。
でも、気づいたのです。「だとすれば、"気になる店"で"気になる玉子丼"を食べればいいじゃん」って。そんなシンプルなことに、なぜいままで気づかなかったのか(バカですね)。
最寄りの駅は荻窪ですが、「もはや最寄りとはいえないのではないか?」という程度の距離はあります。駅から新宿を背にして青梅街道を5分ほど進み、環状八号線と交差する「四面道」の手前、日大二高通りをやはり5分ほど進んだ左側。
目標ははす向かいの天沼小学校ですが、駅から目指す場合はサクッとバスを利用したほうがいいかもしれません。
さて、なぜここが気になっていたかって、いかにも町場のおそば屋さんって感じの落ち着いた店構えが魅力的だったからですよ。
ショーケースには食品サンプルが入っておらず、ただ商品名を書いた短冊が並ぶのみ。
左側を覆う植物の緑もみずみずしく、茶色を基調とした建物の外観に色を添えています。
店内は右側に、2卓のテーブルが置かれた小上がり。中央には6人が座れるテーブル席があり、左側にもテーブルが2卓並んでいます。僕はその片方をチョイス。
さっそく注文するわけですが、正面にもずらりと並ぶ短冊の脇には「本日のサービス 冷しとろろ まぐろ漬丼付 ¥900」と大きく書かれたボードが。
ちょっと心が惹かれちゃいますねえ。しかも、いざお邪魔してみると、「やっぱり、おそば屋さんなんだからそばを頼むべきか?」などという思いも頭に浮かんできたりします。
優柔不断もほどほどにしろやって感じですが、そんなとき「玉子丼セット ¥830」と書かれた短冊を発見。これだ。すぐ横には「かつ丼セット」もありますけれど、ここはやっぱり玉子丼しかありえません。一緒についてくるおそばは、「もり」で。
外観のみならず店内も、地味ながらも落ち着きある印象。
決して新しくはないけれど、掃除が行き届いているので気持ちよく過ごせます。
ちなみに昭和49年創業だとのことなので、もうあと少しでその歴史は50年になるんですね。
ほどなく届いた玉子丼セットは、やや小ぶりの玉子丼にもりそば、マカロニサラダ、お新香、薬味というラインナップ。見た目にもなかなか豪華な印象があります。
まず、おそばからいただいてみたのですが、これが非常に高クオリティ。見た目もつややかでしっかりとしたコシがあり、喉越しも文句なしなのです。
ここまできちんとしたおそばを出せるって、やるべきことをきちんとやっていることの証ですね。
となれば玉子丼に対する期待感も高まろうというものですが、当然ながらこちらも落ち度なし。
玉子はとろみがほどよく残っており、ご飯との相性も抜群。
そのため、ずっと心にわだかまっていた「玉子丼欲求」が見事に解消されたのでした。
伺ったのは11時半ごろだったのですが、お昼が近づくにつれて少しずつお客さんが増えていきます。駅から離れているとはいえ、近隣住民やこのあたりで働く方にとっては重要なお店なのでしょうね。誠実な仕事ぶりの成せるわざというべきでしょうか。
ところで、僕が座った席からよく見える真向かいの小上がりでは、いつの間にやら男性の一人客が座って食事をしておりました。で、よく見れば、きちんと正座していらっしゃる。
きっと、あの人はいい人だ。
そんな、どうでもいいことまで考えてしまうほど、不思議なくらいに落ち着ける空間。あの人がいい人であるように、ここもまた、いい店なんだな。
●丸屋
住所: 東京都杉並区本天沼2-8-2
営業時間: 11:00~15:00、17:00~20:00
定休日: 日、祝