いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、阿佐ヶ谷のおそば屋さん「豊年屋」をご紹介。
昔からのスタイルを守る店
厳密にいえば、最寄駅は東京メトロ丸の内線の南阿佐ヶ谷ということになります。とはいえ、中央線の阿佐ヶ谷駅南口からでも歩けばほんの10分程度。いずれにしても今回ご紹介する「豊年屋」は、青梅街道を隔てて、杉並区役所のはす向かいにあるのです。いわゆる町のおそば屋さん。
以前ご紹介した日野の「豊年屋」がそうであるように、暖簾分けした同名店が都内各所に点在していますが、ここもその流れをくんでいると思われます。しかも僕の知る限り、もうかなり長く営業されているはず。完全に南阿佐ヶ谷の「風景」となっているお店だといっても過言ではないくらいです。
店内は右側に2人がけの座敷席が3卓あり、4人がけのテーブル席が中央に3卓、左側に2卓。
空間もゆったりとられているため開放感がありますが、なにせ駅から近い青梅街道沿い。いつもお客さんで賑わっている印象があります。そのためこの日は、11時30分の開店時刻を狙ったんですぜ(どうでもいいことですぜ)。
このお店のなにがいいかって、そりゃーもちろん"普通さ"です。何度も書いてきたことですけれど、時流に流されることなく昔から営業を続けている"町場のおそば屋さん"って、文句なしにホッとするじゃないですか。
マニアックにこだわったお店ももちろん魅力的ではありますけれど、その一方、こういうタイプのお店も絶対的に必要だと僕は感じているのです。
だから、メニューを眺めているだけでワクワクしてきちゃいますねー。ちょっと寒い日だったので温かいおそばにしようとは思っていたのですが、あまり見かけることのない「花まきそば(ちぎった焼き海苔を散らしたそば)」など、興味深いものがいろいろ。そのため軽く迷っちゃったんですが、「おかめとじ」の5文字を見つけた瞬間に「これだ」と感じたのでした。
おかめそばって、いろいろ入ってて楽しいから好きなんですよ。なのに、それをとじているとなると興味津々。さほど珍しいものじゃないのかもしれないけど、なんだか気になっちゃいまして、店員さんに「すみません、おかめとじで」とお伝えしたのでした。
オーダーが入ったと同時に、「はい、おかめとじね」と奥の厨房が動き出すのがわかります。そういったやりとりもキビキビしており、適度な緊張感が非常に気持ちいいですね。
などと考えていたら常連さんとおぼしき男性が現れ、さらにもうひとりが入ってきて……と、開店直後の店内はいい雰囲気。とくに奇をてらっているわけではなく、すべてにおいて普通なのだけど、だからこそ心地よいんですよね。
さて、そうこうしているうちに、お待ちかねの「おかめとじ」が運ばれてきました。
実をいうと、「おかめをとじてしまったら覆面状態になってしまうのではないだろうか?」と興味を引かれていたのですが、そんな意地の悪い期待感をものともしないような完成度でありました。
なぜって、真上から見て上部に位置する2つのお麩が目に、その下に同じく各2枚ずつあるかまぼことナルトが頬に、中央の椎茸が鼻に見えるのです。「するってえと、右下のワカメはなんなんですかい?」ってなツッコミは置いておくとして、全体的にはなんとなく「おかめ」としての体裁が保たれている。もう、それだけで得した気分です(損得の問題ではないぞ)。
しかも、下半分くらいがたまごでとじられているので、まるでマスクをしているかのような感じ。そればかりか、マスクの下には口を意味するのであろう卵焼きがひと切れ隠れていたりもします。
芸が細かい。これはもう、「おかめとじ」としては完璧な部類に入ると断言できるのではないでしょうか?
なお、そばは柔らかめですが、これで、いや、これがいいのです。
シャキッとコシのあるおそばもおいしいけれど、これはこれで、町場のおそば屋さんとしての理想的なあり方。こういうお店は、こうあってほしいというタイプのおそば。
甘味のある濃いめのつゆも、いかにも東京のそれ。東京育ちにとっては、これまた懐かしくホッとします。
ずいぶんひさしぶりにお邪魔したけど、やっぱりいい店だなあ。期待を裏切ることのない味はもちろん、温かい接客も含め、長く続いている理由がはっきりとわかる気がしたのでした。
●豊年屋
住所: 東京都杉並区成田東4-37-10
営業時間: 11:30~15:00、17:00~21:30(L.O.21:00)
定休日: 火曜