いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、神田の立ち食いそば「天亀そば」をご紹介。
煮干粉末で"味変"も楽しめる、24時間営業のそば店
神田駅南口を出たら、駅を背にして目の前の「神田金物通り」を直進。「今川橋」交差点を右折するとすぐ右側に、「そば うどん」と白く抜かれた紺色ののれんが見えてきます。
間口は狭いし建物も古いけれど、ここが老舗の立ち食いそば屋さん「名代 天亀そば」。古くから、神田で働くビジネスマンに愛されているお店です。
ちなみに平河町や門前仲町にも似た名前のお店がありますけれど、そちらの表記は「天かめ」なので、「天亀そば」とは別の系列なのではないかと思われます。僕の知る限り、「天亀そば」は数年前まであった荻窪店と神田店だけだったんじゃないかな?
しかし、荻窪店で人気だった「煮干しらーめん」は神田にはないし、そもそも「天亀そば」各店がどういう関係性にあったのかも謎ではあるのです。そのあたりの事情に詳しい方がいらっしゃったら、ぜひ教えていただきたいところです。
ともあれこの神田店は、立ち食いそばを語るうえでは外すことのできない重要な存在。いまはコロナの影響で土日は閉めているようですけれど、基本的にはいつでも食べられる24時間営業のお店ですしね。ササっと食べられるだけに、タクシーの運転手さんから人気が高いという話にも納得できます。
のれんをくぐって足を踏み入れると、まず目に入るのは真正面の厨房と、その真上にある緑色のメニュー表。
希望を伝えてお金を払えば、数十秒でおそばが出てくるという昔ながらのスタイルです。
ところで、いまは「立ち食いそば」といってもほとんどのお店に椅子とかスツールがあるじゃないですか。でも、ここは立ち食いのみの正統派。厨房を挟むような格好で左右にカウンターがあるだけなので、そこへどんぶりを移動して、立ったままいただくわけです。
たしかに座る場所があれば楽かもしれないけれど、気分的には、立ち食いそばはこうあってほしいとも感じます。
感染対策でビニールがかけられているものの、厨房には揚げ物類がズラリ。
好きなものを選べるわけで、春菊天やゲソ天が人気なよう。でも、僕はここではいつもベーシックな「天ぷらそば」を頼むことにしています。
というのも、ここでは「天ぷらそば」といえば「かき揚げそば」のことなんですよ。しかも、そのかき揚げが非常に分厚くて食べごたえも文句なし。いつも揚げたてで、とてもおいしいのです。
ってなわけで今回も、迷うことなく天ぷらそば。あ、卵好きとしては生卵を落としてもらうことも忘れるべきではありませんね。
ほどなくどんぶりが出てきたら、それを持って右側のカウンターへと移動。
このお店っていつも何人かのお客さんがいる印象があるのですが、この日は珍しいことに先客はなし。帰り際にひとりサラリーマンが入ってきましたけど、珍しいケースではないかと思われます。
なお左側のカウンターにはポータブルラジオが置かれており、その小さなスピーカーからは大音量で国会中継が。
「ちょっとばかし、音が大きすぎませんかねえ」と感じながらひさしぶりにいただいたおそばは、間違いなく天亀の味。
麺にコシはありませんが、そもそも立ち食いそばにコシなど求めるべきではないのです(個人の意見です)。むしろ、こういうヤワヤワなそばをいただくと、「これこそが立ち食いそばの真髄ってもんよ」とうれしく感じたりもします(個人の感想です)。
しかも、そんなおそばは、甘めのつゆとも相性抜群。
もちろん、カリカリでサクサクの天ぷらも期待どおりです。
おっと、大切なことを忘れていた。じつはこのお店のカウンターには「イワシ煮干粉末」が用意されていて、それをかけて味を変化させることができるんですよ。
壁にも「煮干のまるごとカルシウムで健康に!」というコピーとともに煮干の効能の書かれたプレートが貼られています。
劇的に味が変わるというほどでもないんだけど、煮干の風味がちょうどいいアクセントになってくれるのは事実。訪れた際には、ぜひとも利用したいところです。
ふと見ると、壁には「昔ながらの変わらぬ味」と書かれたポスター。たしかに、変わらない味だよなあ。
ひさしぶりでお邪魔したけど、食べていたら、いろいろな悩みを抱えながら神田の会社に勤めていた数十年前の記憶が蘇ってきたりもしたのでした。
●天亀そば
住所: 東京都千代田区鍛冶町1-7-9
営業時間: 24時間営業
定休日: 土曜日・日曜日(コロナの影響により)