いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、高円寺の洋菓子店「トリアノン 高円寺本店」をご紹介。
オールドスクールなビーフシチューとトースト
高円寺駅南口駅前。たとえ見つけたくないと思っていたとしても、必ず目についてしまうほどの好立地。それが、昭和35年以来この地で営業を続けている洋菓子店「トリアノン」です。
実はケーキを購入したことはないのですが(だめじゃん!)、しかし併設のカフェコーナーはしばしば打ち合わせなどの際に利用してきました。年中無休だし、なにかと使いやすいんですよね。
で、利用するたび、いつも気になっていたのが食べもののラインナップ。打ち合わせのときはお茶しか飲まないわけですが、メニューを見てみればなかなか豊かなバリエーションなのです。そういえば午前中の店頭には、「モーニングやってます」と書かれたのぼりも出ていますね。
そこで先日、まだ混雑はしていないであろう平日のお昼前を狙って行ってきたのでした。
が、見慣れていたはずのカフェコーナーに足を踏み入れてみたところ、予想以上に席が埋まっていたのでびっくり。いつも空いている印象があったのですけれど、どうやらそれは「たまたま空いているタイミングに当たっていただけ」の話だったようです。そりゃ駅前だものね。考えてみれば当たり前ですわな。
時間帯のせいでもあったのでしょうが、くつろいでいるお客さんはお年寄りが中心。近所の人たちが数人で、穏やかな高円寺の朝を楽しんでいるといった印象です。流れる音楽は有線放送だと思われますが、たまたま聞こえてきたフェイス・エヴァンスの歌声も、妙にフィットしている気がしました。
早めのお昼をいただこうと思っていたのでメニューを見てみると、うん、やっぱり充実していますね。「お休み中」と書かれたポストイットが貼られているものもいくつかありましたが、洋菓子店のカフェコーナーにしては豊富なラインナップだといえるのではないでしょうか。
大きく表示されていたランチメニューの「ビーフハンバーグセット」にも引かれたのですが、それ以上に気になったのが「ビーフシチュー」です。写真の端のほうに、「パン付き」と小さく書かれているあたりも妙に味わい深い。
ってことで、これに決まりです。真っ白なコックコートを着た店員さんにお聞きしたところ、ドリンクとセットにしてもらえるとのこと。そこで、食後にはブレンドコーヒーをお願いすることにしました。
それにしてもこのお店、何度見てもレトロ感が魅力的です。必要以上の主張はないものの(ないからこそ)、オレンジ色の椅子とか、いちばん奥の壁にあるトリコロール・カラーのオブジェとか、ちょっとしたところがさりげなくかわいいんですよ。いかにも、何十年もこのスタイルで続けてきたという感じ。
ほどなく運ばれてきたビーフシチューも、予想していた以上にオールドスクール。そして脇には、バターがたっぷり塗られ、2つにカットされたトーストが。こちらも非常にシンプルで、だからこそ親しみが湧いてきます。
生クリームがかけられたビーフシチューは、牛肉、マッシュルーム、じゃがいも、にんじんと王道のメンバー(かよ)がゴロゴロ入っています。具材もしっかり煮込まれていて柔らかく、見た目以上に食べごたえがあります。
シチューの味はといえば、これまた(いい意味での)昭和スタイル。ひとくちいただくごとに、子どものころに連れて行ってもらったデパートの大食堂の光景を思い出すような。もしかしたら、創業当時からのレシピを踏襲しているのかもしれません。
食後しばらくしてお目見えしたホットコーヒーは、木製ソーサーの暖かみがいいですねえ。白いカップとはミスマッチかもしれないけれど、とはいえ、こういうちょっとした工夫がいい効果を生み出してくれるものなんですね。
コーヒーも刺激が強すぎず、軽すぎもせず、バランスのいい味。窓の外を眺めながら頭を空っぽにして味わっていると、それだけで穏やかな気分になれるような気がしました。
なお、このお店の魅力として見逃せないもうひとつのポイントが、適度に放っておいてくれるところ。ひとつひとつの席の様子をしっかりとチェックしてくれているものの、必要以上に干渉してくるようなことがないので落ち着けるのです。
それもまた、高円寺の一等地で長く営業を続けてこられた理由といえるかもしれません。
●トリアノン 高円寺本店
住所:東京都杉並区高円寺南4-26-12
営業時間:販売 10:00〜20:00、喫茶 10:00〜18:30(L.O.18:00)※イベント日は営業時間変更あり
定休日:年中無休