いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、荻窪のそば店「春木家本店」をご紹介。
「春木屋」の原点「春木家本店」
荻窪といえば、なんといってもラーメンが有名です(じつは「荻窪ラーメン」に定義があるわけではないんですけれど)。そして、とくに人気が高い店といえば青梅街道沿いの「春木屋」になるのではないかと思います。いつも行列ができてますよね。
でも、その「春木屋」には原点というべき店があるのです。それが、青梅街道を挟んで「春木屋」の反対側をずっと進んだ住宅地にある「春木家本店」。
両店は親戚関係にあり、「春木家本店」で働いていた「春木屋」の初代店主が独立して駅前に店を開いたという流れ。なお、いまでは知る人も少ないのですが、10数年前までは杉並公会堂の手前あたりにもう一軒「春木屋」があって、そっちは餃子が有名なお店でした(もちろん親戚)。
非常に複雑なのですけれど、ともあれ原点が「春木家本店」ということになるわけです。こちらも以前は「春木屋」で、平成元年に店舗を改築してから「春木家」に名称変更したというので、これまたややこしい話なのですけれど。
しかしまぁそんなわけで、「春木家本店」からすべてがスタートしているといっても過言ではないのです。
中華そばだけで勝負する「春木屋」とは違って、ここは厳密にいうとおそば屋さんなんですけどね。
店内も一般的なラーメン屋風ではなく、まず目につくのが中央の大きな大理石テーブル。右側に4人がけのテーブルが2卓あり、左側には座敷席も。地元の人が「きょうは外に食べに行こうか」と気軽に訪れるようなタイプの、町のおそば屋さんなのです。
ですからもちろん、「粗挽十割蕎麦」に代表されるおそばも人気。などと知ったようなことを書いてはいるものの、白状してしまえば僕はここでおそばをいただいたことがないんですよねー。「たまにはおそばを」と思っていても、お店に足を踏み入れれば結局は中華そばモードになってしまうもので。
ちなみに10年近く前までは塩ラーメンもあり、それも非常においしかったのですけれど、いまはもうやっていないようです。理由はのちほど。
ってなわけで、今回も中華そばを注文。なお注文時には「煮卵は入れますか? 麺の硬さはどうしますか?」と聞かれるので、当然のことながら煮卵も頼み、麺は硬めでお願いしました。
ちょうど他にお客さんがいなかったということもあるのでしょうけれど、思わず感心してしまったことがありました。注文してからわずか5分くらいで、目の前に中華そばが運ばれてきたのです。作業に無駄がなく、さすがは老舗という感じ。
この店の中華そばは、すっきりとした醤油味のスープ、そしてやや細めの縮れ麺がポイント。両者のバランスが絶妙で、やさしい味わいで食べやすいのです。いまはギットリとしたラーメンも人気ですが、「やっぱり、戻ってくるのはこれだよなぁ」と感じてしまいますねぇ。
チャーシューとメンマもしっかり煮込まれ柔らかく、それらもまたスープと麺を絶妙に引き立ててくれます。ちなみに春木屋と同様に、こちらのお店も海苔が三角形です。
なお、店内にはジャズが流れております。ジョン・コルトレーンの“Blue Train”を聴きながら食べる中華そばって格別。
いやー、何度食べても飽きない味だわ。定期的に食べたくなってしまうのは、奇をてらうことなく基本に忠実だからなのでしょう。
「以前、塩ラーメンがありましたよね」
前から気になっていたことをお勘定の際に尋ねてみたところ、もうずいぶん前にやめてしまったのだとか。
「すべてが手づくりなので、手が回らないんですよ。中華そばはちぢれ麺ですけど、塩ラーメンは細麺だから別々につくらなきゃならないし。日本そばもありますし、全部(3代目店主が)ひとりでやっているのでね」
いつもお元気な女将さんがそう説明してくださいましたが、すべてが手づくりである以上、たしかにできることも限られてしまうのでしょう。塩ラーメンをまた食べてみたいとも思うけど、仕方がありませんね。
だいいち中華そばが絶品なのは間違いないのですから、それだけで充分。これからも、ときどきお邪魔することになるのでしょうね。
●春木家本店
住所:東京都杉並区天沼2-5-24
営業時間:11:00〜15:00、17:00〜21:00
定休日:木曜日