いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、中野の洋食店「寿々秀」をご紹介。
「ポークソティ」表記にぐっと引きつけられる
中野駅北口、中野ブロードウェイを突っ切って早稲田通りに出たら、向こう側に渡ってから東方向へ。薬師あいロード商店街入口を左に見ながらさらに少し進むと、おそば屋さんの隣に「寿々秀」という名の小さな洋食店が現れます。
あのあたり、ただでさえ歩道が狭いのに、お店の間口もまた狭いんですよ。だから、うっかりしていると通りすぎてしまうかも……。などとひとごとのように書いていますけれど、実は僕も何度かうっかり通りすぎてしまったことがあったのです。
とはいえ気にはなっていたものだから、先日また、(通りすぎてしまわないように気をつけながら)伺ってきたのでした。
細長い店内は突き当たりが厨房になっていて、右側にテーブル席が4卓。そして左側にも1人席。すべてのテーブルは白いレースのテーブルマットで覆われており、その上からさらにビニールクロスがかかっています。白いレースにビニールクロスという時点で、すでに懐かしの昭和っぽさ満点ですね。
決して広くないし、装飾物のたぐいも少ないけれど、これはいい店だと直感的にわかります。
ところで装飾物といえば、シンプルな壁に「とんかつ」と彫られた木の看板が取りつけられたりもしていますねえ。厚みがあって重たそうな看板を透明のプラスチック画鋲で支えているので、ちょっとスリリングではありますが。ってな話はともかく、そこからもわかるように、基本的にはとんかつを売りにしているお店のようです。
事実、店頭にも「ロースかつ」「国産ビーフハンバーグ」など、魅力的なメニューが写真つきでズラリ。「しんころカツ(ロース肉の脂肪部位を取り省いた肉)」なんてのもあったりして心を揺さぶられましたが、それ以上に気になった「国産ポークソティ ライス付」にしてみることにしました。
「ポークソテー」ではなく「ポークソティ」との表記にぐっと引きつけられてしまいましてねえ(着席後に席についてから出てきたメニューの表記は「ポークソテー」だったのですけれど)。
それはともかく驚かされたのは、まだ11時半すぎだというのにお客さんがどんどん入ってくること。幸いにも僕は一番乗りだったのですが、ふと気がつけばすべての席が埋まっていたのです。しかも慣れている人が多いみたいで、さりげなく「生姜焼き、ライスなしで」なんてオーダーをする方もいらっしゃったり。おそらくは地元の人気店なんでしょうね。
さて、ほどなく「ポークソティ」の登場です。皿にはデミグラスソースがかかったポークソテーと、ニンジンのスライスがのったキャベツの千切り、そしてポテトサラダ。加えて山盛りのご飯と、ワカメ、ねぎ、豆腐が入った味噌汁、おひたしと漬物もついてきます。
見た目もなかなかの迫力だし、これはコスパがいいですねえ。などと思いながらポークソティを一切れつまみ上げてみたらビックリ。なんと、下にもう一枚あったのです。二段積みだということで、これはすごい迫力だぞ。
しかも量が多いだけではなく、基本の味がとてもしっかりしているのです。肉の味をブラックペッパーがキリッと引き締めているし、そこに絡まるデミグラスソースも絶妙。味は濃すぎず、薄すぎもせず、絶妙のバランスを保った上品な味わい。
正直なところ、ポークソティなどという地味な料理(とか失礼なことをいうなよ)に、ここまで感心させられるとは思ってもいませんでした。
きちんと手をかけてつくられているものは、やっぱり“きちんとおいしい”んですね。
もちろんそれは、ポテトサラダやおひたし、漬物などの副菜にもいえること。ひとつひとつが純粋においしいし、だからすべてにおいて、何十年も同じスタイルを貫き続けてきた“昭和の洋食”という感じ。これは地元で愛されて当然です。
次回は「しんころカツ」に挑戦してみようかな? いや、壁の隅のほうにひっそりと貼られていた「とんぷら(豚肉の天ぷら)」ってのも気になるな……と、またお邪魔したくなる要素が満載の、とても魅力的なお店だったのでした。
●寿々秀
住所:東京都中野区新井1-6-5 寿々秀1F
営業時間:11:30〜14:00
定休日:日曜、祝日