いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。今回は、高円寺にある古本酒場「コクテイル書房」です。
古民家の中は本があふれる古本酒場
以前ご紹介した薔薇亭のある、高円寺駅北口の北中通り商店街を、阿佐ヶ谷方向に5分ほど歩いたあたり(有名な沖縄居酒屋「抱瓶」のちょっと先)。
昔ながらのおそば屋さん「藪そば」の手前に位置するのが、今回ご紹介する「コクテイル書房」です。古書店でありながら、お酒も飲める飲食店でもあるという、本好きな人にはたまらないお店。
オーナーの狩野 俊さんは、神保町の洋書店に勤めていた方。20数年前にそのお店が閉店することになったとき、「じゃあ、自分で店を開こうか」と思い立ち、最初は国立で開業したのだそうです。
ただ、上京して以来ずっと高円寺で暮らしていたため、当時は国立まで"通勤"していたのだといいます。しかし2年ほど経ったころ、「せっかく高円寺に住んでいるのだから」ということでお店も高円寺へ。以後、高円寺エリアで何度か場所を変え、10数年前に現在の店舗に落ち着いたのでした。
落ち着きを感じさせる建物は、大正時代から残っている古民家を改装したもの。残っていること自体が信じ難いような物件ですが、第二次大戦のとき空襲を逃れて焼け残ったのだそう。
いま「抱瓶」のあるあたりまでは焼けてしまったという説もあるといいますから、残っているのはまさに奇跡的です。
いずれにしても、古さをセンスよく生かした店内は居心地抜群。この日は知人と小上がりの席でお酒を飲んだのですが、本に囲まれながら飲むというシチュエーションそれ自体がたまりません。
本はどれも興味深いものばかりで、しかも安価。だから、つい「これも」「あれも」と手が伸びてしまいます。
とはいえ、単にいい本が揃っているだけではありません。ここは飲食店としてのクオリティも高く、つまりお酒も食べ物も、しっかりおいしいのです。
文学にまつわるメニューが楽しめる
飲み物に関していえば、ぜひ飲んでみていただきたいのが、「ヘミングウェイサワー」と「中原中也サワー」。前者はヘミングウェイが好んだというミントジュレップを焼酎サワーで再現したもの、後者は中原中也の失恋の味を再現したという梅酒ベースのサワーです。
そしてもうひとつの魅力は、小説やエッセイなどに登場するメニューを再現した「文士料理」。たとえば、おからにすり下ろした青魚、干しエビ、片栗粉、卵、はんぺんなどを混ぜた「大正コロッケ」は、檀一雄の著書『檀流クッキング』に掲載されていたものです。
また時とともに、作家や文学作品をイメージした創作メニューも増えていき、「文学カレー 漱石」のような人気メニューも誕生。これは、胃弱と神経衰弱に配慮してスパイスを調合し、漱石が好きだった牛肉をたっぷり使用。さらに刻み野菜も加えたというヘルシーな逸品です。
他にも、(やはり漱石の胃を案じて)大根おろしが添えられた「漱石唐揚げ」、映画『ゴッドファーザー』に登場した料理を再現した「ゴッドファーザーのミートボール」など、ひとひねりしたメニューがたくさん。
「なるほどー」と納得しながら、ここでしか味わえない味を楽しめるわけです。
おいしいお酒と個性的な料理、古いスピーカーからうっすらと聞こえてくるシンガーソングライターの歌声、そして見どころ満載の本。
何時間いたとしても飽きそうもなく、「近所にこういう店があったらなぁ」などと考えたりもしました。そのためかなり長時間居座ってしまったのですが、ふと見れば、いつの間にやらカウンター席は埋まった状態。
60代とおぼしき古書に詳しそうな老人から、20代の女性ふたり組まで、客層の幅広さもこのお店の特徴と言えるかもしれません。通を納得させる品揃えと雰囲気には、若い女性にも訴えかける魅力があるのです。その証拠に、最近は若い女性客が驚くほど多いのだとか。
"インスタ映え"を目的として訪れた女性が、結果的に古書の魅力をここで知ることになったとしたら、それはとても素敵なことなのではないでしょうか?
●コクテイル書房
住所:東京都高円寺北3-8-13
営業時間:昼営業: 11:30~15:00ごろ 火水休
夜営業: 18:00~23:00ごろ 無休