いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、中野のカフェ「カフェ 奥の扉」をご紹介。
なるほど、こういうロケーションか
中野駅北口、専門学校の織田学園などがある線路沿いの通りって、電車からも見えるし中央線ユーザーにはおなじみですよね。ところが考えてみると僕、あの道を最後に通ったのって30年以上前のことなんですよ(話が古すぎ)。
そこで、いまどうなっているのかを知りたくて、改めて歩いてみたわけです、ある平日のよく晴れた午後に。
すると、5分ほど歩いたあたりで左側に現れた古いマンションの軒先に、気になる黒い看板を見つけたのです。
中央部分が金色に縁取られ、白地になったその真ん中に手書きっぽい文字で「奥の扉」と書かれています。小さく「カフェ ポルト デュ フォン」との表記もあるので、カフェなのでしょう。
が、看板に導かれた先にあるのはマンションのエントランスであり、右側の管理人室にはおじさんが座っていたりします。でもね、視線を前に向けると、たしかにあったんですよ、奥に扉が。
なるほど、こういうロケーションだから「奥の扉」なんですね。センスいいな。
近づいてみれば白い壁にも焦茶色の看板が出ていて、その下に置かれた象の置物の上には、天使の彫像が乗っかっています。そいつが持っているお皿の上には「庭の見える奥の席が空いています、どうぞ。」と書かれた紙が。ほう、庭の見える席があるんですか。それはなかなか魅力的ですね。
扉を開けてなかに入ると、右側のカウンター席には常連らしい奥様方が数人。その先にも、左右に奥までいくつかの席が並んでいます。壁はコンクリート打ちっぱなしで、奥には大きな窓があります。
残念ながら、天使が「空いてる」といっていた奥の席は空いていませんでしたが、「いらっしゃいませ。こちらの席などいかがですか?」という上品な老齢のマスターからの問いかけに従い、左側のシート席に落ち着きました。
「いい店だな」
すぐにそう感じました。古い店ではありますが、余計な改装など施すことなく、ずっとこのスタイルでやってきたんだろうなと容易に想像できます。あとから調べてみたら創業は1976年らしいのですが、だとしたら当時はなかなか先進的だったんじゃないかな。
初めてのお店なので、最初はブレンドコーヒーを頼もうかと思っていたのです。でも、とても暑い日でしたし、そうでなくとも手書きメニューのなかに「アイス・カフェ・オ・レ」という表記を発見してしまったのです。
なんだかその文字を見ただけで、喫茶店に入り浸ってはイキがってた高校時代の記憶が蘇ってきちゃったんですよね。あのころ、アイス・カフェ・オ・レっておしゃれっぽく感じたんだよなー(それはたぶん勘違いだ)。ってなわけで、メニューは決定です。
カウンター席から楽しそうな会話が聞こえてくる一方、窓際の席ではこちらもまた上品な老紳士が、読書か書きものに没頭している様子。その手前、右壁際のテーブルでは女性がお茶を飲みながら本を読んでいます。
つまり、各人がこの空間の快適性を理解し、それぞれの雰囲気を楽しんでいるわけです。スピーカーから流れる管弦楽の音量も、邪魔にならない絶妙のバランス。こういう空間に身を置いていると、「お店の雰囲気は、そこを訪れる人がつくるものなんだな」と改めて実感します。
だから、気がつけば僕もまた、読みかけの本をバッグから取り出していたのでした。この雰囲気は、どう考えても読書に最適ですからね。
ということであっという間に本に引き込まれたのですが、そうこうしているうちにアイス・カフェ・オ・レがお目見え。キリッと冷えた背の高いグラスは、ミルクとコーヒーが描くグラデーションが美しく、見ているだけでも涼しげな気分になれます。
ガムシロップを入れて飲んでみれば、清涼感はさらにアップ。したがって無意識のうちに、また本の世界に戻っていくことができたのでした。
そして気がつけば数十分。あいかわらず、窓際の人も壁際の人も、それぞれの時間を楽しんでいます。こういうお店が近所にあったら、仕事の気分転換にも最適だろうな。
●カフェ 奥の扉
住所:東京都中野区中野5-32-4 中野ステーションハイツ
営業時間:11:30〜18:00
定休日:土曜日、日曜日、祭日