いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。

今回は、日野のそば店「そば処 豊年屋」をご紹介。

  • 初めてなのに懐かしい 「そば処 豊年屋」(日野)

果たして万作はどこへ?

立川のひとつ先、日野まで足を運んだんですよ。ちょっと所用がありましたのでね。

もう何十年も前から、中央線で西を目指すたびに幾度となく通り過ぎてきた駅です。とはいえ考えてみると、降りるのは初めてかも。そんなせいもあってか、北口に出て少し歩いてみただけでも、なんともいえない新鮮味を感じます。

駅前にはチェーン店がいくつかある程度でお店も少なく、全体的に静かな雰囲気。けれど、だからこそ漂うローカル感が心地よくもあるんですよね。

ところが、そんな呑気なことを感じていられたのも束の間のこと。なにせ、その地で待っていてくれるはずであった用事が、いきなりキャンセルになってしまったのですから。

まいったなこりゃ。用事がなくなれば、当然ながら近辺に行くべき場所などないのですから。しかも午後にまた別の用事があるので、早めにお昼を済ませておく必要だってあります。

けれど、そもそもお店が見当たらないんだよなぁ……。

ってなわけで真夏の太陽に照らされつつ絶望感に苛まれながらバス通りを歩いていたら、左側に突然、「万作鍋うどん」との大きな看板が現れたのでビックリ。

「この暑いのに鍋うどんかー。でも、他に行くところもないし、それでもいいかな」と思ったものの、肝心のお店が見当たりません。というより、その看板が出ている3階建ての建物の1階はどういうわけか「そば処 豊年屋」となっているのです。

果たして万作はどこへ?

ともあれ見当たらないのは事実。それに暑いので、そば処のほうがいいような気もします。しかもよく見れば、このおそば屋さんがなかなかいい雰囲気なんです。屋号からして都内に点在するのれん分けしたお店のひとつでしょうが、明らかに昭和から営業を続けているお店であり、ちょっと興味をそそられてしまうわけです。

飴色をした木製の引き戸は重厚で、清潔感がある藍色ののれんといい感じにマッチしています。右半分が植物で覆われていたり、左側のママチャリの上で座布団を乾かしたりしているあたりも味。

用事がキャンセルになって折れかけていた心が、少し戻ってきたぞ。

  • 左のロードバイクが気になる

店内は典型的な町場のおそば屋さんの雰囲気。中央部分に4人崖のテーブル席が2つあり、左側には小上がり。右奥が厨房になっています。その手前の右側には大きなテーブルもあるのですが、そこはは使われていないようで、かっこいいロードバイクが置かれたりしています。ご主人のものかな?

  • いかにもおそば屋さんらしい雰囲気

新聞や雑誌が雑然と積まれた棚の横にはいきなり地球儀が置いてあったりもして、いいなあ、こういう雰囲気。初めて入ったのに、不思議と懐かしさを感じさせてくれます。

  • なぜ地球儀が?

ところで注文ですが、迷うことなく冷たいおそばでいきたいですね。そこで、この連載で訪ねた数々のおそば屋さんでも頼んだことのある個人的な夏の定番、「冷やしむじなそば」をお願いすることにしました。

お母さんから「たぬきときつねが入ると、値段が少し高くなりますよ」といわれましたが、もちろんそんなことは問題なしです。

  • メニューはこんな感じ

ところで帰宅後に写真を確認してみて気づいたのですけれど、よく見てみればメニューのなかに、「万作なべ」というものがあります。つまり表の看板にあった「万作鍋うどん」とは商品名を指していたのでしょうか? くそぅ、早く気づけば聞けたのにな。

  • 冷やしむじなそば

さて、ほどなく運ばれてきた「冷やしむじなそば」は、そばの上にきゅうり、海苔、かまぼこ、紅生姜、きつね、たぬきが並んだオーソドックスなスタイル。そう、求めていたのはこういう“普通”なやつです。

  • 麺もシャキッとコシあり

もちろん味のほうも、いい意味で普通。適度にコシのある麺は冷たくて喉越しがよく、具材とのバランスもちょうどいい感じ。町場のおそば屋さんに期待すべきものがすべて揃っているといっても過言ではない、満足度の高い一品だったのでした。

なお印象的だったのは、帰り際に道を尋ねた際、お母さんがわざわざ外に出て教えてくださったこと。そういうさりげない気遣いにも、この地で長く営業を続けてきた方ならではの暖かさを感じることができたのです。

●そば処 豊年屋
住所:東京都日野市新町1-6-39
営業時間:11:00~20:00
定休日:火曜日