いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。

今回は、西荻窪のそば店「玉川そば 本店」をご紹介。

  • 商店街の一角で、過度に目立たず昔ながら 「玉川そば 本店」(西荻窪)

堂々とした店構えのおそば屋さん

西荻窪駅を南口に出たら、正面にみずほ銀行を確認しながら通りを右へ。駅を背にしてそのまま進み、神明通りを越えてさらに直進。つまりは商店街の奥のほうなのですが、「もうあと少し進めば五日市街道」というあたりの右側に、堂々とした店構えのおそば屋さんが現れます。

  • 堂々とした店構え

そこが、今回のお目当てである「玉川そば 本店」。もう何十年も気になっていながら一度も入ったことがなかった、しかし、ある意味で非常に個性的だなと感じていたお店であります。

なにが個性的かって、その存在感です。上品で堂々としたたたずまいは、いかにも老舗という印象なんですよ。しかし、そうであるにもかかわらず“押しの強さ”をあまり感じさせない。思わず、「もっと自己主張しちゃったっていいのに!」と余計なことをいいたくなるほど、静かにそこにあり続けるお店なのです。

だから(端のほうだとはいえ)商店街の一角なのに、あまり目立たないんですよ。と書いてみて気づいたけど、意識していながらも入ったことがなかったのも、もしかしたらそのせいだったのかもしれません。

  • のれんも清潔

ただ、そういうお店って、いざというときにとても役に立ってくれるんですよね。なにせ、記憶の片隅にいつもあるわけですから。

たとえば、午前中に西荻で用事があったこの日がまさにそうだったのです。とくに理由があったわけではないのだけれど、おそばを猛烈に食べたかったんですよ。しかも専門的なところではなく、町場の普通のおそば屋さんで。

  • 美味しそうなメニューがズラリ

となると、当然のことながらこのお店のことが頭に浮かぶじゃないですか。だから、いい機会だと思って行ってきたわけです。

  • 余裕のある店内

建物が立派なので予想はついていましたが、のれんをくぐってみれば、やはり店内は広々としています。右側と中央には4人がけのテーブル席がたくさん並んでおり、左側には小上がり席も。

  • 座敷席の向こうには緑豊かな庭も

左奥が厨房で、奥にはお座敷席。そちらには床から天井までの大きなガラス窓があり、その向こうには豊かな緑で覆われた庭が見えます。非常に雰囲気がよさそうなのですが、いずれにしても“普通のおそば屋さん”でありながら、もはやそのレベルを超えているといえましょう。

  • これにしました

メニューをチェックしてみると、定食類から酒の肴まで非常に豊富です。板わさなんかをつまみながら日本酒を飲んだら、いい感じに酔えそうだなぁ……などと思ったんですけど、なにしろ平日のお昼前ですよ。そっちのお楽しみは別の機会にとっておくとして、ちょっと気になった「舞茸と豚肉のつけせいろ」をいただくことにしました。

  • 舞茸と豚肉のつけせいろ

ほどなく登場したそれは、まず年季の入った木製トレーがいい感じ。さすが老舗といった風情です。そこにせいろ、つけだれ、刻みねぎ、サラダ、七味、割り箸、木製スプーンがさりげなく並んでおり、いやでも食欲を刺激されようというもの。

  • サラダの立場とは?

余談ながらこういう場合、テイストの異なるサラダの立場ってちょっと微妙ですよね。本人にしてみれば「そんなことをいわれても……」って感じでしょうけれど、それでもやっぱりそばとサラダは共存しづらい関係であります。ってことで、まずサラダを片づけてから、おそばをゆっくり楽しむことにしましょう。サラダ、無下にしちゃってごめん(サラダに謝るなし)。

  • そばは繊細な印象

そばは強烈な個性があるわけではない、一般的な細目のタイプ。でも、(こればっかり主張してる気がしますけど)町場のおそば屋さんはこれでいいのです。いや違う、「これが」いいのです。

  • つけだれは具材たっぷり

しかも、舞茸と豚肉、ねぎがたっぷり入ったつけだれは濃いめの味つけなんですよ。だから当然のことながら、適度にコシもあるおそばとの相性も抜群。舞茸や豚肉もそれぞれが味わい深く、楽しみがいのある一品だといえます。

あ、そういえば店内には琴の音色が聞こえていたのですが、なんとなく違和感があるなぁと思っていたら、これが“琴で弾いたJ-POP”なんですねえ。まぁ、そういうのもアリなのかもしれませんけれど、尾崎豊“I Love You”の琴ヴァージョンとか、なかなかにシュール。それを聴きながらおそばをツルツルすすっていたら、なんとも不思議な気分にはなったのでした。

  • ゆっくり落ち着ける

しかしまーそれはともかく、ここは非常に正しいお店。流行のたぐいに流されることなく、「いままで続けてきたことを、ずっと続けている」といった印象なのですから。

あとから、70代後半くらいの男性がひとりで入ってきたのですが、おそらくは地元の方であろうそういった方に愛される理由は、とてもよくわかる気がしたのでした。

●玉川そば 本店
住所:東京都杉並区西荻南2-19-14
営業時間:11:00〜15:00
定休日:水曜